日本ゼオン株式会社が開発した新しいエーテル系溶媒であるCPME(シクロペンチルメチルエーテル)について説明しています。CPMEは、既存のエーテル系溶媒にはない特性を持ち、反応によく用いられるエーテル系溶媒の欠点を克服しています。また、CPMEは脱水速度が早く、ポリマーの溶解性が比較的高く、過酸化物が生成しにくく、融点が低いなどの特徴があります。
CPME(シクロペンチルメチルエーテル)
CPME(シクロペンチルメチルエーテル)は日本ゼオン株式会社が開発した新しいエーテル系溶媒の一つです。
CPMEは環構造をもちますが、エーテル酸素原子はTHFのような環内部にはなく環の外にあります。
CPMEは既存のエーテル溶媒(THFやジエチルエーテル)とは違った性質を示します。
エーテル系溶媒の欠点を克服する
エーテル溶媒は反応溶媒として汎用されますが、欠点が多く代替溶媒が求められています。
- エーテル系溶媒の欠点
- 爆発性の過酸化物が生成
- 引火点が低い(主にジエチルエーテル)
- 水と混和(THF, Me-THF, dioxane)
しかし、溶媒に適した物質は以下のような性質を有する必要があり、候補はそう多くはありません。
- 原料や反応試薬と互いに反応せず安定
- 高い溶解能
- 沸点が40~100℃程度
さらに近年では、低い生体毒性や環境負荷なども求められるようになっています。
かつて頻用されていた以下の溶媒は毒性や環境負荷が高いため、トルエンやジクロロメタンに代替されることが多いです。
- ベンゼン → トルエン
- クロロホルム → ジクロロメタン
- 四塩化炭素 → ジクロロメタン
エーテルは様々な反応条件下で安定性が高めであるため、溶媒としての利用価値があります。
特にTHFは幅広い極性の化合物をよく溶解し、脱水や蒸留が容易なことから、第一選択的に利用される反応溶媒ですが、過酸化物を形成しやすいといったエーテル系溶媒の欠点はもっています。
それを解決したのが「CPME」です。
CPMEは溶媒としての基本的な性質を持ちつつ、既存のエーテル系溶媒の欠点を克服した新しい代替溶媒として注目を集めています。
CPMEの特徴
CPMEはシクロアルカン構造を持つエーテルです。
THFやMethyl THFと構造が似てますが、エーテル酸素が環外にあるため脂溶性が高いです。また、沸点はTHFよりも高いです。
誘電率を比較するとCPMEは4.76と直鎖系のエーテルと近いです。
CPME | THF | Et2O | |
誘電率(25℃) | 4.76 | 7.58 | 4.197 |
沸点(℃) | 106 | 65 | 34.6 |
特筆する特性などは下記のゼオンの論文に記載があります
- THFよりも早い脱水速度
- ポリマーの溶解性が比較的高め
- 過酸化物が生成しにくい
- 溶解性が他と異なる(ジエチルエーテルよりも抽出効率が高め)
- 水への溶解度が低い(1.1%)
- 融点が低め(-140度)⇨低くないと-78℃の低温反応時に固まってしまう。
渡辺澄, and 後藤邦明. “シクロペンチルメルエーテル (CPME).” 有機合成化学協会誌 61.8 (2003): 806-808.
脱水速度が早い利点は?
反応性の高い水は反応試薬や反応中間体と反応して分解します。
これら多くの化学反応は無水条件で行います。
脱水溶媒は市販されていますが乾燥剤を用いて自前で脱水する場合、脱水速度が速ければ脱水溶媒調製にかかる時間を短縮できるのでメリットがあります。
ポリマーの溶解性が比較的高め
長い高分子鎖同士の相互作用は強く、ポリマーを溶解させるのは難しいです。溶けるか溶けないか?の中で溶媒の選択肢が増えるのは心強いです。
過酸化物が生成しにくい
エーテル系溶媒は長期保存の過程で自動酸化が起こり過酸化物が生成することが知られています。
過酸化物は爆発性があり、しばしば事故の原因となることから過酸化物を除去する必要があります。
過酸化物が生成しにくい溶媒は安全性に優れていると言えます。
融点が低め
融点が高いと−78℃などの低温反応条件で凍結してしまい反応が行えなくなります。
CPMEの極性
CPMEは誘電率が4.76程度であるため、ジエチルエーテルやクロロホルム程度の極性と考えられます。
水には溶けないためTHFと違ってそのまま分液に利用することが可能です。
反応利用例
共沸で水を除去
共沸にはトルエンが頻用されますが、沸点が高く(110℃)除去に苦労します。
(トルエンは水との共沸点85℃、重量比20.2%の水が除去可能)
CPMEは共沸点83.7℃で重量比16.3%の水を除去できます。沸点の差は僅かですが(b.p. 106℃)実際の使用感はCPMEの方が速いです。ゼオンも蒸発潜熱が低いことを特徴の一つとしてあげています。
在庫があるトルエンが選択されることが多いかもしれませんがCPMEを使ってみても良いかもしれませんね。
グリセリンなどの高極性物質は吸湿しやすいため、水分を吸った高極性化合物から水を除去するのは大変です。
このような吸湿した高極性化合物から水を除去するには共沸が有効です。
脱水反応 with ディーンスターク装置
CPMEは共沸混合物を作り、水とは混合しないため、ディーンスターク装置を使った脱水反応に向いています。
ディーンスターク装置ではトルエンやキシレンがよく利用されますが、高極性化合物は溶解しにくいので、トルエンなどよりも極性の高いCPMEは良い選択肢の一つになると思います。
グリニャール試薬で第三級アルコール合成
グリニャール試薬にCPMEを利用すると第三級アルコールが優先的に生成しやすいそうです。
CPMEを選択する
CPMEが安定な条件について
- 酸化
- 還元
- ラジカル
- 酸、塩基
※様々な条件下で利用可能な汎用性の高い溶媒
THFは水と混和するので、エバポの必要がありますが、CPMEは直接分液できるため操作フローの短縮にもなります。
CPMEはTHFの代替として多くの場合利用可能でしょう。
溶媒の違いによって反応収率は驚くほど変わることがあります。
CPMEは登場から間もないため新たな知見を得ることができるかもしれませんので、積極的に使用してみてはいかがでしょうか。
QA表:
- Q: CPMEの主な特徴は何ですか?
A: CPMEはシクロアルカン構造を持つエーテルで、脂溶性が高く、沸点がTHFよりも高い。さらに、過酸化物の生成がしにくく、融点が低いため、低温反応にも適している。 - Q: CPMEの誘電率はどれくらいですか?
A: CPMEの誘電率は4.76であり、直鎖系のエーテルと近い値を示します。 - Q: CPMEの脱水速度の早さがメリットである理由は何ですか?
A: 脱水速度が速ければ、脱水溶媒調製にかかる時間を短縮できるため、反応性の高い水が反応試薬や反応中間体と反応して分解するのを防ぐことができます。
登場する専門用語:
- CPME(シクロペンチルメチルエーテル)
- エーテル系溶媒
- THF(テトラヒドロフラン)
- 誘電率
- 共沸
- ディーンスターク装置
- グリニャール試薬