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タンパク質の化学修飾とは?
タンパク質の化学修飾とは「酵素や受容体などのタンパク質に化学的に機能性分子を導入すること」です。
タンパク質の修飾は化学的手法以外に生物学的手法もありますが、生物学的手法の欠点である
- 予め遺伝子コードする必要がある(翻訳後の修飾が難しい)
- 生物が扱える分子に限る(ペプチドやたんぱく質など、生体に存在しない分子導入は難しい)
などは化学的手法では特に問題にならない。自由度が高くコストや時間の面でも有利な部分がある。
一方で選択性を出すのは難しく課題の一つである。
化学修飾の目的
化学的にタンパク質に分子を導入することで元のタンパク質にはなかった機能を付与できます。化学修飾はタンパク質の機能を解明するのに役立ちます。
例えば狙ったタンパク質の精製やタンパク質の分布などを調べるために導入します。
タンパク質修飾の種類を紹介
- アフィニティータグ(生物学的)
- Hisタグ
- GSTタグ
- FLAGタグ
- ビオチン
- 標識
- Haloタグ(クロロアルカンとの結合)
- 蛍光基
- in vivoイメージング
- 放射性同位体標識
- 機能性付与
- PEG鎖
- デリバリー・ターゲッティング (リガンドなどを付与)
- ブロッキング(活性中心のチオール、アミン、ヒドロキシ基などをブロック)
アフィニティータグ
アフィニティータグの多くは生物学的手法を用いて導入されたペプチドやたんぱく質で化学的修飾によるものではない。
Waugh, David S. “Making the most of affinity tags.” Trends in biotechnology 23.6 (2005): 316-320.
Kimple, Michelle E., Allison L. Brill, and Renee L. Pasker. “Overview of affinity tags for protein purification.” Current protocols in protein science 73.1 (2013): 9-9.
Hisタグ
Hisタグは10個以下程度からなるポリヒスチジン鎖で構成されています。Hisタグは数あるタグ分子のなかでもサイズが小さいため、導入による元のタンパク質への影響は小さいのが特徴です。
Hisタグ(ヒスチジンのイミダゾール)はニッケルなどの金属イオンに対して強い親和性があるため、主に金属アフィニティークロマトグラフィーを用いたタンパク質精製に用いられています。

Hisタグ イミダゾールがニッケルなどの金属イオンと配位して
精製は簡便とはいってもうまくいかないことも多く、特異性もあまり高くない。Hisタグがタンパク質内部に埋もれてうまく吸着しない場合は変性条件で精製を行う。
GSTタグ
GSTはグルタチオン-s-トランスフェラーゼの略でタンパク質精製に用いられます。精製にはGSTのリガンドであるグルタチオンを用いて精製します。特異性が高く純度の高いタンパク質を得やすいです。酵素であるため比較的大きく元のタンパク質の性質を変化させやすく、場合によってはタグの除去を行う必要があります。
FLAGタグ
FLAGタグはFLAGペプチド(DYKDDDDK)から構成されるもので、アフィニティ精製に用います。小さいペプチドであるため元のタンパク質への影響は小さいです。精製は抗FLAG抗体結合担体を用います。
標識(ラベル化)
タンパク質の生体内での動態、分布などを可視化するためにたんぱく質を蛍光標識はラベル化の代表例です。
多くのラベル化剤は反応性の高い(求核性の高い)アミノ基やチオール基を標的としたものが多いです。

蛍光標識
生体内には存在しないハロアルカン類と特異的に反応するHaloタグを導入し、Haloタグを起点として様々な機能性分子を導入するという手法も良くとられています。Haloタグなど事前のタグ導入なしに特定の部位に選択的に導入できる方法は有用なため研究が進められています。
Haloタグ
Haloタグはハロアルカンデハロゲナーゼをタグとして導入することにより、ハロアルカンが結合した様々な機能性分子をエステル結合を介して導入することが可能なタグです。Haloタグ自体は生物学的に導入しますが、Hisタグを起点に様々な分子が導入できるため足掛かりとすることができます。
例えばアジドを導入することによりクリック反応に用いたり、切断可能な結合部位を有するハロアルカンビーズを用いてアフィニティ精製を行うなどの応用が可能です。

Haloタグが結合したタンパク質に様々な機能性分子を導入できる
特にクリック反応は温和な条件下、水中で進行する数少ない有機化学反応ですが、生体に有毒な銅塩の添加が必要です。Bertozziらはシクロオクチンの環歪みを利用した銅塩を用いない方法を開発し、アジド化した糖タンパク質を生きた細胞に発現させて反応を行い蛍光ラベル化に成功しています。

環ひずみを利用したクリック反応
タグは強力な方法であるが,酵素という大きな分子をタンパク質に導入するため、元の機能が変化する可能性がある。
Los, Georgyi V., et al. “HaloTag: a novel protein labeling technology for cell imaging and protein analysis.” ACS chemical biology 3.6 (2008): 373-382.
PEG鎖
PEG(Poly ethylene glycol)鎖は溶解性の悪いタンパク質の溶解性を向上させる目的で導入されることが多いです。PEG化は古くから研究されていて、毒性も低いことが知られています。

PEG鎖
現在上市されている医薬品にもPEG化された医薬品が販売されています。
- レブコビ筋注(PEG化ウシアデノシンデアミナーゼ類縁体)
- レフィキシア静注用(PEG化血液凝固第IX因子)
- ペガシス皮下注(PEG化インターフェロンα)
http://www.nihs.go.jp/dbcb/approved_biologicals.html
PEG鎖導入による効果
- 溶媒中への溶解性向上(水/有機溶媒両方)
- 抗原性の低下
- 安定性の向上(凝集抑制、熱安定性、耐酵素)
- 血中滞留時間の増加
Kumar, Vineet, Vikas K. Sharma, and Devendra S. Kalonia. “Effect of polyols on polyethylene glycol (PEG)-induced precipitation of proteins: Impact on solubility, stability and conformation.” International Journal of Pharmaceutics 366.1-2 (2009): 38-43.
小寺洋, and 稲田祐二. “ポリエチレングリコール (PEG)-タンパク質ハイブリッド.” 高分子論文集 48.5 (1991): 261-276.
化学修飾の課題
活性低下
酵素の活性中心近傍や受容体の結合部位など活性を示す部位に化学的修飾が起こると本来もっている機能が失われる可能性がある。また、活性中心に限らず、化学修飾によりタンパク質の立体構造に変化が起これば機能が失われる可能性がある。
したがって、タンパク質の化学的修飾を行うには、狙った部位に修飾する必要がある。
そのため化学修飾の選択性が課題であり、位置選択的な化学修飾法の研究が盛んに行われている。
活性低下に関わる課題として
- 水系・室温・中性の温和な化学反応条件
- 位置選択性
- 立体構造の保持
などがあります。
温和な化学反応により導入できれば細胞などの生きたサンプルに対しても後から修飾を行うことができるため、生物学的手法に対するアドバンテージにもなります。
可逆性
タンパク質への分子導入は通常は不可逆的な共有結合を介して行われます。
共有結合は強力な結合であるため一度分子を導入したあとに機能性分子を切り離すといったことはできないです。
導入した分子は少なからず元のタンパク質の性質を変化させるため、目的の機能を発揮したあとは機能性分子を取り外せる仕組みがあると便利です。
そのため可逆的な結合を介して分子を導入する方法が研究されています。
タンパク質を修飾する方法
遺伝子コードラベル化法 (生物学的方法)
遺伝子工学的な方法でタンパク質を導入する方法として最も有名なものは蛍光タンパク質の導入だと思います。
蛍光タンパク質は、遺伝子コードラベル化法といって目的のタンパク質をコードする遺伝子を細菌などに導入し,タンパク質を発現させて得る方法です。
GFPなどの蛍光タンパク質の導入は有用ですが、蛍光タンパク質というだけあってサイズが大きく元のタンパク質の性質を変化させてしまう可能性が高いです。
Haloタグのようにタンパク質を導入する方法以外にも非天然アミノ酸を取り込んで化学反応を行わせる方法も考案されています。この方法ではハロアリール、アジド、アルキン、テトラジンなどを導入することができます。
選択的な有機化学反応を用いる方法
事前に酵素やペプチドを導入することなく、天然のタンパク質が持つ標的アミノ酸に対して選択的な化学反応を起こすことによってタグを導入する方法が研究されています。
ラベル化の標的となるアミノ酸は反応性の高いアミノ基やチオール基を持つリシンやシステインが多いです。
反応剤となる分子は生体には存在しない試薬を利用することで選択性の向上が期待できます(生体直交性)
- ケトン
- アルキン・アルケン
- アジド
システイン残基に対する化学反応を用いた方法
システイン側鎖のチオールとチオエステルが反応し,アシル転移を経て進行するネイティブケミカルライゲーションはタンパク質合成にも使える信頼性の高い強力な方法です。N末端のシステインを標的としてアミドを形成します。

ネイティブケミカルライゲーション
システイン残基に依存するため、システイン残基を持たないタンパク質には当然利用できず、システイン残基が多いタンパク質に対しても選択性が低下します。
一般的に後述するリシンと比べてシステインの存在比率は小さいため、高い選択性を得やすいです。チオール基のソフトな求核性はアミノ基やヒドロキシ基とは異なり、マレイミドなどの炭素求電子剤との反応性が高い点も選択性が向上するポイントの一つです。
チオール基のジスルフィド交換により導入する方法は他の求核性分子の影響を受けないため有用です。
リシン選択的な修飾
リシンは第一級アミノ基を持つアミノ酸で高い求核性があるため化学的修飾の標的となるアミノ酸です。リシンは生体にありふれたアミノ酸であるため、一般的に選択性を出すのは困難で、位置選択的に修飾するにはリガンドなどを用いて狙った反応点に反応試薬を近づけるなどの戦略が必要になります。
リジンは豊富に存在するため、選択性を考慮しない用途、あるいは複数の修飾が必要な場合に適しています。
よく利用されている反応剤はNHSエステル(スクシニジルエステル)等の活性エステル、アルデヒド体との還元的アミノ化反応、イソチオシアネートやイソシアネート使ったウレアの形成などの方法があります。
- 活性エステル法
- 還元的アミノ化
- イソシアネート/イソチオシアネート
リシンの一級アミノ基選択的な反応はこれまでに知られています。

チロシン選択的な修飾
チロシンのフェノールも標的になります。チロシンもシステインと同様にリシンよりも存在量が少ないので選択性の面で有利です。
参考
Naowarojna, Nathchar, et al. “Chemical modifications of proteins and their applications in metalloenzyme studies.” Synthetic and systems biotechnology 6.1 (2021): 32-49.
Sakamoto, Seiji, and Itaru Hamachi. “Recent progress in chemical modification of proteins.” Analytical Sciences (2018): 18R003.
Spicer, Christopher D., and Benjamin G. Davis. “Selective chemical protein modification.” Nature communications 5.1 (2014): 1-14.
Boutureira, Omar, and Gonçalo JL Bernardes. “Advances in chemical protein modification.” Chemical reviews 115.5 (2015): 2174-2195.
治京玉記. “タンパク質の化学修飾法―最近の進歩―.” 中村学園大学薬膳科学研究所研究紀要 3 (2010): 7-32.