NMRの積分値とは?
NMRの積分値は水素の数を表す値です。積分値はプロトンの数に比例するため、積分値の比率をみることによって構造中に含まれる水素の数を知ることができます。(積分値はシグナル、ピークの強度と呼ぶこともある)
積分値はNMR測定より得られる情報のひとつです。他には、
- 化学シフト値(ケミカルシフト)
- カップリング
- J値
- 積分値
- ピーク幅
などの情報があります。これらの情報を組み合わせて構造決定します。
積分値はシンプルながら正確に読み取るには「代表的な化学構造の知識」や「カップリングパターンの把握」などNMR測定の経験値を要します。
例えば以下のようなNMRチャートが得られました。これはどんな化合物でしょうか?
積分値を見ると全部で水素は1+1+3= 5個だと単純に考えると難しいです。8, 7ppmという低磁場の芳香族領域にあり、カップリングパターンからみると1,4置換ベンゼンである可能性が高いです。そうなると、ベンゼン上に4つの水素が必要です。そうなると比率は1:1:3→2:2:6となり6Hという大きな積分値から考えるとCH3×2が構造中に含まれそうです。
実はこの物質はアシル化の触媒としてよく利用されている有名な物質「DMAP」です。ニトロ基で置換されたものも同じようなNMR測定値が表れそうですね。ピリジン(ベンゼン環中に窒素1つ)の構造は慣れないと出てこないと思います。
積分値だけで化学構造がわかることはまずありません。ぼんやりと化学構造を決定するにはまず化学シフト値→カップリングと見ていくかなと思います。上の例のジメチルアミノ基の構造決定には積分値の情報が役立ちますね。
積分値だけに限りませんが、NMRを正確に読めるようにするにはシンプルな構造のNMRを見て徐々になれていくことが重要です。
積分値の見方
積分値と比率
積分値は水素数を表します。重水素(D)はNMRで観測されない核種です(だからNMRで重溶媒を使用)。等mol量の以下の5つの物質のNMRを測定したとします。積分値は青の数字です。
メタンはCH4と4つの水素を持つため最も大きな積分値を与えます。一つの水素がD置換されたメタン(CDCH3)はHを3つもっているため、水素の積分値が3になっています(3:4)。目で見てわかりますが、水素数が少ないものほどピークが小さく、水素数に応じてピークが大きくなっているのがわかります。注意点は「ピークの高さ」が積分値の大きさを必ずしも表さないことです。積分値のはピークの面積だからです。線幅が広い場合はピークの高さが小さくても面積は大きい場合があります。
ここでは大きいものが4となっていて、実際の水素数とあっていてわかりやすいですが、実際の実験ではそうはいきません。どこのピークを基準に置くかによって積分値は変化します(比率だから)。例えばD2CH2の計算した積分値を1とおくと。0.5:1:1.5:2となります。水素が0.5ということはあり得ないので整数比になる比率を目指して計算しなおします。
積分値の実際
NMRを測定したときには得られたピークを指定して積分値を計算します。積分値は物質の量が多ければ大きくなるため、一定の値をとるわけではありません。ピーク1は2478、ピーク2は5108、ピーク3は7290というような具合にです。この値をみてピーク1は水素2478個ということはないです。実際の測定時には化学構造にかなった、きれいな整数比が得られるようにどこかのピークの値を仮に決定します。この例では、ピーク1の積分値を1として比をとると、1:2.06:2.94=ピーク1:ピーク2:ピーク3となります。これはおそらく1:2:3の水素比率だというのがわかります。ただし実際の水素数は2H:4H:6Hということも4H:8H:12Hということもありえます。最も積分値が小さいピークを1や2と置いて綺麗な整数比になるか試すことが多いかもしれません。
分裂ピークかシングルピークか?
NMRのピークは常に一本線で現れるわけではありません。NMRピークはそのピークを示す水素が結合している炭素の隣にある炭素に結合している水素の数に応じて分裂します。詳しくはカップリングの部分で解説しますが、CH3-CH2-の場合はCH3の隣にCH2と二個の水素があるのでCH3のピークは3つに分裂します。
下図は酢酸エチルのNMRスペクトルです。一番右側は三本の線がありますが、それが別々の3本のピークではなく3本でひとつのピークです。3本に割れているというのは上で説明した隣に2つの水素があるものなのでCH3のピークであることがわかります。1:1:1で1H,1H,1Hずつではなく3H分ということです。積分比は低磁場側から順に2:3:3となります。
分裂か一本なのか?はある程度カップリングのパターンを覚えてからでないと見分けるのは難しいです。山のような左右対称な形をしているピークは分裂していると考えてよいかもしれません。
夾雑物ピークに気をつけろ(実践よりのNMR解析)
あるNMRを測定したら下のようなNMRスペクトルが得られました。積分は3:2:20です。かなり大きな積分値を持つピークがありますね。
このNMRスペクトルからわかることは3:2:20の水素比率を持った化合物がある、ということではありません。おそらく2つの化合物が混ざっているということがわかります。明らかに積分値が異なっている場合はわかりやすいです。こういうケースはおそらく「溶媒」が混じっています。上の例ではtert-ブチルアルコールを溶媒として使っていたので、それが混じってtertブチル基の鋭く大きなピークが表れています。
副生成物や溶媒などの夾雑物は目的物の積分値と近い場合はどのピークがどの化合物由来か?を決定するのが非常に難しくなります。そういう時はどうすればよいでしょうか?一番簡単なのは「TLCを測定すること」です。次にマススペクトルなどがあります。C-NMRの測定も何か情報を得られるかもしれませんね。
積分値を見るときの注意点
積分値を見るときの注意点
- 積分値はあるピークの積分値を基準とした比率で表されている
- ピークの高さ=積分値ではなく、ピーク面積
- 割れたピークに注意
- 夾雑物に惑わされない
です。
積分値からわかること
モル濃度比
積分値はプロトンの数に比例しているといいましたが、これは別の言い方をすると水素原子のモル濃度に比例するとも言えます。この考え方は測定試料が混合物の時に有用です。
例えば、トルエンと酢酸メチルが混じった試料のNMRを測定したとします。トルエンがほんの少ししか混じっていなければトルエン由来のピークの積分値は小さくなるのは直感的にわかると思います。
で、トルエンのCH3と酢酸メチルのCH3のピークが表れますが、このピーク強度が1:1だったとしたらこれは何を意味しているでしょうか?
これは両方の化合物のモル濃度が1:1であることを表しています。この性質を利用してNMRで定量することも可能です。他のピークと被らないようなピークを与える物質を正確なモル濃度で加えればそのピークを基準にどのくらいの量があるかを定量できます。NMRを測定したときに副生成物が混入した場合は目的物に対してどのくらいの積分値比率なのかを求めることで収率の概算ができます。
ちなみに13C-NMR測定ではH-NMRのような定量は難しいです。なぜなら炭素の級数によって積分強度が変化するからです。一般的に4級炭素は最も積分強度が小さくなります。逆に言えば、13C-NMRの積分値は級数を予測するのに使えます。