スワーン酸化に代表されるDMSO酸化は今日最も利用されている酸化方法の一つです。ジメチルスルフィドに由来する悪臭と手法によっては極低温など多少煩雑な操作を要する以外は非常に温和で選択性が高い酸化方法として有用です。
DMSO酸化には多くのバリエーションがあり、それぞれに特徴や利点があります。
本記事では、DMSO酸化について説明します。
DMSO酸化は温和で選択性が高い酸化方法であり、Swern酸化を始めとしてたくさんの変法があります。また、各DMSO酸化の利点や特徴、反応機構、違いについて説明します。
各DMSO酸化の利点や特徴
DMSO酸化の特徴は
- 温和な反応
- 重金属を使用しない
- 安価
- 大スケールにも適応できる(悪臭が問題だが)
- 後処理が楽(分液と濃縮で大部分除去できる)
などが挙げられます。
主な欠点は悪臭と煩雑な操作を要するという点です
- 悪臭
- -78℃などの極低温条件
- 滴下が必要
- 高極性化合物はDMSOから抽出が難しい
これらの欠点も以下の方法で克服可能です。
- 悪臭
→ DMSOの代わりに長鎖スルホキシドを使用(揮発性が少ない)
- 極低温条件
→ SO3-ピリジン錯体を使用(Parikh-Doering: 室温で可能)
スワーン酸化にはたくさんの変法があり、それぞれ反応性や操作手順が異なっているので基質に合った反応を利用することができます。
DMSO酸化の反応機構
DMSO酸化のステップを示します。
- DMSOの硫黄原子の求核性を上げてクロロ化(クロロスルホニウム)
- アルコールの酸素がクロロスルホニウムの硫黄に攻撃して塩素が脱離
- ジメチルスルフィドの生成に伴う酸化(脱水素)
DMSOの酸素原子は求核性があり、求電子性の高い塩化オキサリルのような酸塩化物と反応してクロロスルホニウム塩を作ります。これが酸化反応を行う真の試薬です。
これが代表的なDMSO酸化であるSwern酸化の反応機構です。
スワーン酸化: Swern Oxidation
スルホキシド(1a,1b)が塩化オキサリル(2)と反応してクロロスルホニウム塩4を生成するのが始まりです。塩化オキサリルに付加したスルホキシド(3)はCl–による攻撃をきっかけに脱炭酸と脱COを伴ってクロロスルホニウム塩ができます。
クロロスルホニウム塩4がアルコールの水素を奪って酸化します。クロロスルホニウム塩の硫黄原子は求電子性が高いためアルコールの求核攻撃が起こって中間体(6)が生成します。
swern酸化では塩基を加えますが、塩基はスルホニウム塩のメチル基(CH3)の水素を引き抜いてアニオン(7)が生成します。このアニオンがアルコールの水素を引き抜くのと同時にジメチルスルフィド(Me2S)が脱理してカルボニル(8)が生成します。
各DMSO酸化の違いとは?
swern酸化を始めとして、DMSO酸化にはたくさんの変法がありますが、異なるのはDMSOを活性化する試薬です。
各種DMSO変法の違い
DMSO酸化では活性化剤として塩化オキサリル以外にもたくさんあります。
- 塩化オキサリル(swern酸化)
- 無水酢酸(Albright Goldman酸化)
- トリフルオロ酢酸無水物
- 五酸化リン
- SO3・ピリジン(Parikh–Doering 酸化)
- DCC
swern酸化もしくはSO3・ピリジンの方法がおすすめです。
スワーン酸化の条件ではTES保護されたアルコールは脱保護されそのまま酸化することができます。
トリクロロシアヌル酸を活性化剤として利用したものもあります。
J. Org. Chem. 2001, 66, 23, 7907-7909
Swern酸化
swern酸化は塩化オキサリルを使った方法です。
反応条件が−78℃で滴下を要するなど操作が煩雑ですが、DMSO酸化の中で最も良い結果が得られることが多いです。
特徴
- 酸塩化物系では最も収率が高い
- 副生成物はガスで除去が容易(DCCや酢酸が出ない)
欠点
- 低温条件(-60℃以下)が必要
- 高反応性な塩化オキサリルを使用
塩化オキサリルの取り扱いが面倒ですが、TFAAやチオニルクロライドを活性化剤として利用するのであれば塩化オキサリルを使ったswern酸化を用いるのがおすすめです。
スワーン酸化: Swern OxidationMancuso, Anthony J., and Daniel Swern. “Activated dimethyl sulfoxide: useful reagents for synthesis.” Synthesis 1981.03 (1981): 165-185.
Albright Goldman酸化
Albright Goldman酸化はDMSOの活性化試薬として「無水酢酸」を利用した方法です。
特徴
- 立体的に混み合ったアルコールの酸化 (ex.~60eq Ac2O)
- 中性(弱酸性)条件 (dioxolan, Bn-acetal, グリコシドなどは耐える)
- 室温条件
- 糖類での適用(難エピメリ化, 耐グリコシド)
- 加熱可(~100℃) *副反応は起こりやすい
欠点
- 無水酢酸によるアシル化(立体障害の小さいアルコールは特に)
- メチルチオメチルエーテル化(高い温度で3°OH等)
- 長い反応時間(~24h)
- DMSO割合が大きく冷却時に凍る(20℃以下)
他の酸無水物としてはトリフルオロ酢酸無水物(TFAA)を利用する方法もあります。より低温条件(-30℃)が必要ですが、反応時間の短縮が見込めます。
チオニルクロライドを利用した方法は酸無水物とは違ってアシル化が起こらない利点があります。
1) Albright, J. Donald, and Leon Goldman. “Dimethyl sulfoxide-acid anhydride mixtures for the oxidation of alcohols.” Journal of the American Chemical Society 89.10 (1967): 2416-2423.
2) Albright, J. Donald. “Sullfoxonium salts as reagents for oxidation of primary and secondary alcohols to carbonyl compounds.” The Journal of Organic Chemistry 39.13 (1974): 1977-1979.
Parikh–Doering 酸化 (SO3-py)
トリエチルアミン存在下DMSO中にSO3-pyを加える方法です。
特徴
- 室温条件
- 反応が早い(~1h)
- 扱いやすい固体試薬(SO3-py)
- アリルアルコールの酸化に適用
試薬の取り扱いやすさや室温条件、反応の速さなどswern酸化よりも気軽に試せます。
不安定なアルデヒドの合成などはswern酸化が向いている印象があります。
フィッツナー・モファット酸化 (DCC)
DCCを活性化剤として利用する方法です。
室温条件で反応可能ですが、DCC由来の副生成物の除去が大変でswern酸化よりも収率は劣る傾向があるようです。
特徴
- 室温条件
- 酸条件
- 糖類(ヌクレオチド合成)などに適用例がある
- 反応が温和
欠点
- 立体障害の影響を受けやすい
- 副生成物の除去が面倒
- アシルクロライド系の活性化剤よりも収率は劣る
QA表:
- Q: DMSO酸化の主な利点は何ですか?
A: 温和な反応条件、重金属の不使用、低コスト、大スケールへの適用、および後処理の簡易さ。 - Q: スワーン酸化の主な欠点は何ですか?
A: 悪臭、極低温条件(-78℃)、滴下を要する、および高極性化合物のDMSOからの抽出困難。 - Q: Albright Goldman酸化の特徴は何ですか?
A: 無水酢酸を活性化試薬として使用し、立体的に混み合ったアルコールの酸化、中性(弱酸性)条件、室温条件、および糖類での適用例。 - Q: スワーン酸化とParikh–Doering酸化の違いは何ですか?
A: スワーン酸化は極低温条件で、Parikh–Doering酸化は室温条件で反応が進行し、反応速度や試薬の取り扱いの容易さなどで異なります。Parikh–Doering酸化はより簡便です。
登場する専門用語:
- DMSO酸化
- スワーン酸化
- Albright Goldman酸化
- Parikh–Doering酸化
- フィッツナー・モファット酸化
- クロロスルホニウム塩
- アルコールの酸化
- 硫黄原子
- 求核攻撃
関連する現象と概念:
- 酸化反応
- 活性化試薬の種類と選択性
- 低温反応
Swern 酸化のメリットとして,ラクトールなどの副生物の生成を抑制し,ジオールをジカルボニルへと変換できる点も大きいですね.