動植物中から抽出した化学物質の分析は今日の化学の基礎となっています。天然物には特殊な構造を持っていたり、強力な生物活性のあるものもたくさんあります。樹皮、葉っぱ、果実、動物からの天然物質の抽出は想像よりずっと難しく、時には何十キログラムから数ミリグラムしか抽出できないこともあります。ここでは天然物化学の意義と方法について紹介します。
天然物化学とは?
天然物化学は動植物中に存在している鮮やかな色素成分や香り、毒素などの天然物質を分離、構造決定する化学の分野です。対象の動植物や物質は科学者の興味の赴くまま選ぶことになりますが、将来的に応用性が高いであろう物質を狙うことが多いです。例えば細菌や真菌が持つ毒素の分離・構造決定は、後に医薬品・農薬の開発につながります。また、抽出してきた物質を自分で簡単に評価できるものを選ぶこともあります。抗生物質は動物も使用せずに確立された評価方法があるのでやりやすかったりします。
天然物の抽出
天然物には脂溶性物質や水溶性物質などたくさんの化合物があります。毒性のある動植物は強い生理活性があることが期待されるため選ばれることが多いです。また、近年は陸生生物ではなく、海にいる生物(魚や軟体動物など)を対象とすることも多くなっています。
天然物の抽出方法には正解はなく、それぞれの抽出する化合物に合わせた方法などを考えていく必要があります。やり方によっては、分解・反応して天然とは異なる構造体が得られます。
天然物質として分離・構造決定が難しいものは
- 含有量が少ないもの
- 溶解性が低いもの
- 不安定なもの
- 結晶化しにくいもの
などの特徴があります。
脂溶性物質の抽出方法の例 (植物)
植物には精油成分としてテルペノイドや脂溶性のアルカロイドなどが含まれています。これらの成分の抽出方法は、
- 対象の植物を乾燥させる
- 細かい試料を用意する(細かく刻んだり、粉末にしたりする)
- メタノールに浸して戻して、一晩抽出する。
- 濾過してろ液を濃縮する
- 濃縮物を水とエーテルで分配後、ジクロロメタンでも抽出する。
- 有機層を酸性水溶液(塩酸等)や塩基性水溶液(水酸化ナトリウム)などで抽出する。
- 酸性水溶液は塩基性に、酸性水溶液は塩基性にしてから再度有機溶媒で抽出する
- 得られたそれぞれの有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥して、濃縮する。
- 再結晶できる場合は再結晶する
- クロマトグラフィー (HPLC, GC, GPC,分取TLCなど)で精製する。
- 再結晶できる場合は再結晶する
天然物抽出の注意点
- 試料は酵素や酸素の作用によって、酸化、酵素分解する可能性があるので、新鮮なうちに処理し、使用前までは凍結するのが好ましい。
- 試料は液体窒素で凍結後に粉砕したほうが試料ダメージが少ない
- 試料の不要部分はできるだけ取り除く
- エーテル抽出の際は過酸化物を取り除いておかないと易酸化性の化合物は分解する
- 低温で抽出したい場合は、ドライアイスを有機溶媒に加えて抽出するのが簡単
- 水層の濃縮は精油成分が水蒸気蒸留によって蒸留水層に飛んでいってロスする場合があるので注意
- HPTLCでの精製は簡便。不揮発性物質はHPLC、揮発性はGCを使用する。
アントシアニンの抽出方法
アントシアニンは花や果実などに広く含まれる色素成分の一つです。ブルーベリーなどアントシアニン類が豊富な食品もたくさんあります。アントシアニンを抽出する方法を紹介します。
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アントシアニン類は不安定であることが単離精製を難しくさせています。
アントシアニンは酸性条件で安定であるため、抽出前の前処理として薄い塩酸-メタノール溶液 (1~3%程度)に一晩くらい試料(花びらや果実の果皮)をつけて2,3回抽出します。抽出液にエーテルを加えるとアントシアニンの塩酸塩が析出してくるのでこれを濾過、回収します。