薄層クロマトグラフィーは有機化学実験の基本ですがとても奥が深いです。
最初のうちは展開溶媒の選択などに戸惑うことが多いと思います。今回はよく使われる展開溶媒を紹介します。
展開する化合物の極性は?
カルボン酸など、展開する化合物の極性が高いと上に上がりにくく、極性が低いと上に上がりやすいです。展開溶媒の極性を高くするとスポット全体が上に上がり、極性を下げるとスポット全体が下がります。 TLCの原理について確認する
Aのアセトアニリド体とBのアニリン体ではAのほうが極性が低いので上に行きます。低極性のヘキサンの割合が高い、極性の低い展開溶媒を使用したプレート(右)と比べると高極性の酢酸エチルの割合が高い展開溶媒を使ったプレート(左)のほうが全体的にスポットが上に行きます。
一般的に展開したい化合物に含まれる官能基の種類と数で極性の高さを推測します。
官能基の極性の高さ(シリカゲル薄層板への吸着の強さ)の順序は以下の通りです
-COOH > -CONH2[第一級アミド] > -OH > -NHCOCH3 > -NH2[第一級アミン] > -OCOCH3[エステル] > COCH3 [ケトン]> -N(Me)2[第三級アミン] > -NO2 > -OCH3 > -H > -Cl
左上に行くほど極性が高く、右下に行くほど極性が低いです。芳香族よりも脂肪族のほうが極性が低いことが多いです。
この順序は絶対的なものではなく、例えば、アルコールとアミンは逆転することも多いです。
展開溶媒の組み合わせの選び方とは?
一種類の溶媒だけではRf値の調節が難しいので、2種類以上の混合溶媒を使用します。
極性の低い溶媒はヘキサンやトルエン、ジクロロメタンをよく使います。極性の高い溶媒はメチルアルコール、アセトン、アセトニトリルを使います。
溶媒の組み合わせは無限です。組み合わせの選び方というものはあまり無く、組み合わせや比率によって、展開パターンは大きく変化するので、いろんな組み合わせを試してみるのが重要です。とはいっても、定番の展開溶媒の組み合わせというのもあるので、それを紹介します。
展開溶媒の組み合わせランキング
このランキングは私の経験から作った勝手なランキングで順位はあまり気にしないでください。混合溶媒の組み合わせの参考に利用していただければ幸いです。組み合わせも分野が少し違うと全く異なるかもしれません。
1位 ヘキサン:酢酸エチル
ヘキサンと酢酸エチルの組み合わせは王道中の王道です。展開溶媒のファーストチョイスはこれです。極性基が多い化合物でなければ大体この組み合わせで展開することができます。ただしアミノ基やカルボキシル基を含む分子の場合は上がりくく、もう少し極性の高い組み合わせを試したほうが良いかもしれません。
溶媒比率はヘキサン:酢酸エチル=1:1くらいで試してみましょう。上がりにくければ酢酸エチル100%で展開してみて試してました。ヘキサンの代わりにシクロヘキサン(毒性が低い?多少ヘキサンと結果が変わることもある)を使用することもできます。昔の定番低極性溶媒だったベンゼンは毒性の観点から避けられています。
2位 ジクロロメタン(クロロホルム):メタノール
この混合溶媒も論文等で頻繁に見られます。極性が比較的高い化合物を分離したい時に使用します。分子の極性が比較的低そうならヘキサン・酢酸エチル系で、高そうならジクロロメタン・メタノール系で展開することが多いです。ヘキサン・酢酸エチル系の混合溶媒に対して溶解性が悪そうな化合物(極性が高いことが多い)の場合もこちらを試します。メタノールの割合は大体10%程度、ジクロロメタン・メタノール=20:1~9:1くらいの組み合わせが多いかもしれません。
100:1くらいの比率で使用することもありますし、極性が高い化合物では50%を超える濃度でもメタノールを加えることがあります。
クロロホルムは毒性の面から控えられてますが、昔はたくさん使ってます。TLCで見るときは100:1とかでも使用しますが、カラムに応用するとあまりうまく行かない気がします。メタノールの成分割合が小さすぎるからでしょうか?私のカラムの腕が悪いだけかも?
3位 酢酸エチル:メタノール
3位以降の順位は適当だと思ってください。ヘキサン:酢酸エチルでは全く上がらない時に、試してみると良いかもしれません。
ジクロロメタンなどのハロゲン溶媒(ジクロロメタン:メタノール)を使用したくない時にはこの組み合わせを使用するのが良いかもしれません。
また、ジクロロメタンやクロロホルムなどのハロゲン系溶媒を使用した時にTLC上ではRf値が低いのにカラムをやるとすぐ出てきてしまう化合物がある場合、酢酸エチル系に変えるとうまく行った経験があります。
逆に酢酸エチルをハロゲン系の溶媒に変えてTLCを見てみると、重なっていたスポットが現れることも多いです。
4位 ヘキサン・ジクロロメタン
極性が低いものを分けるときパターンとして使用することがあります。酢酸エチルとジクロロメタンはお互いに展開のパターンが変化するので入れ替えることが多いです。極性が低い化合物を用いるときはよく使用します。
5位 ジクロロメタン:メタノール:水
核酸・糖類などの高極性の化合物を分けるときにこの溶媒の組み合わせを使用することが多いです。ジクロロメタン:メタノール:水=20:7:1とか水の割合は少ない目にして2層に分離しないようにします。水を加えた混合溶媒を展開溶媒として利用する時は、メタノールのように水と混和性の溶媒を入れます(エタノール、イソプロパノール、ブタノール、アセトン等)
6位 クロロホルム:アセトン
アセトンも極性溶媒として使用します。クロロホルム(ジクロロメタン)との組み合わせはよくある組み合わせです。もちろんヘキサンやベンゼンなどと組み合わせることも可能です。
7位 THF:アセトニトリル
極性が高くて使いやすい溶媒はメタノール以外にもアセトニトリルがあります。THFとアセトニトリルの組み合わせは他の展開溶媒と比べて溶出パターンが結構変わるので試してみると良いです。溶媒の値段が高めなのでカラムクロマトグラフィーでは使いにくいかもしれません。
8位 ブタノール:酢酸:水
アミノ酸や糖類など極性が高い化合物を分けるときに使用します。糖類では展開溶媒に平気で水や酢酸、ピリジン、アンモニア水などを加えるので極性の低い化合物主に扱っているひとは驚くかもしれません。ブタノールと酢酸はどちらも臭く、飛びにくいのが欠点です。使用したことが無いも多いとおもいます。(ブタノール:酢酸:水=4:1:1くらいで使用します。)
カラムの展開溶媒検討については下の記事が参考になります。
TLCの展開溶媒は何を使う?
みなさんのよく使用する展開溶媒を募集します!そのデータを元にランキングを作成します。上のランキングに入っていないものについては追加していただければ反映されます。
みんなが一番良く使う展開溶媒は?(2019年12月12日更新!)
- 1位 ヘキサン:酢酸エチル 69.7%
- 2位 ブタノール:酢酸:水 15.2%
- 3位 ジクロロメタン:メタノール 12.1%
- 4位 酢酸エチル:メタノール 3%
の順番になっていました。2位がブタノール:酢酸:水なのが以外ですね。結構極性の高い化合物を扱う人が多いのでしょうか?
TLCが上がらない時は?
TLCが上がらないときは極性の高い溶媒を使用しましょう。通常はメタノールを高極性溶媒として、ジクロロメタンか酢酸エチルを低極性溶媒として混合させて上げてみましょう。ジクロロメタン:メタノール=9:1~1:1くらいに、メタノールの比率を大きくして上げてみましょう。これでも上がらない場合は、水とメタノールとジクロロメタンを使用しましょう。
酢酸やトリエチルアミンを加える理由
これでも上がらない場合は、自分の化合物に酸性官能基(スルホン酸、カルボン酸、フェノール)や塩基性官能基(アミン類)が無いか確認します。
酸性化合物の場合には例えばカルボン酸(COOH)は一部電離して(COO-)のイオン状態になっています。この状態ではより極性が高くなって上がりにくくなります(テーリングなどが起きる)。ここに酢酸を加えると(COO-)がプロトン化されて(COOH)に戻ります。この状態はイオンではないので比較的上がりやすいです。アミンの場合も同じ理屈です。
もしも酸性化合物なら酢酸、塩基性化合物ならトリエチルアミンかアンモニア水を加えます。ブタノール:酢酸:水やジクロロメタン:メタノール:アンモニア水などを試しましょう。比率は6:3:1など水の割合を小さくします。
担体を通常のシリカゲルではなく、表面修飾がジオールやカルボン酸で就職されたシリカゲルプレートを使用すると上がりやすくなるかもしません。
まとめ
展開溶媒はどんな組み合わせでも構いません。最低でも2種類の展開溶媒は試したほうが良いです。(ヘキサン:酢酸エチル、ヘキサン:ジクロロメタン、ジクロロメタン:アセトン等)ヘキサン系とハロゲン系の展開溶媒は展開の仕方が結構変わるので、重なったスポットを見過ごすことを防げます。
展開溶媒のRf値が高くなる溶媒はメタノールなどの高極性の溶媒です。Rf値を下げたいときは、低極性の溶媒の割合を大きくし、Rf値を上げたいときは高極性の溶媒の割合を大きくします。ヘキサン:酢酸エチルを展開溶媒に使用した時、酢酸エチル100%でも全く上がらないときは酢酸エチルよりも極性の高いメタノールやアセトン、アセトニトリルなどを使用した混合溶媒を検討します。溶媒の極性については以下の記事が参考になります。
全てのTLCの記事は以下のリンクから!