シュタウディンガー反応について
シュタウディンガー反応はアジドとホスフィンとの反応によりイミノホスホランを合成する反応です。しばしばイミノホスホランを加水分解してアミンを合成することから、アジドをアミンに還元する方法としても使われます。
シュタウディンガー反応は1919年にH. StaudingerとJ. Meyerによって報告されました。シュタウディンガーらはフェニルアジドとトリフェニルホスフィンとの反応よって窒素ガスの放出とともにアザイリドが生成することを発見しました。
シュタウディンガー反応の特徴
シュタウディンガー反応は反応が速く、定量的で副生成物が窒素であるため残らないことが特徴です。
アミンまで還元する場合は一般的に用いるトリフェニルホスフィンを使った場合は除去が面倒な副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシドが生成します。
シュタウディンガー反応の用途的特徴としては
- 穏和で簡便なイミノホスホランの合成手法
- アジド選択的なアミンへの還元方法
- 生体直交性の高い反応(タンパク質ラベル化などケミカルバイオロジー用途)
などがあります。
イミノホスホランの合成と用途
シュタウディンガー反応は温和で選択的、簡便なイミノホスホランの合成手法として有用です。シュタウディンガー反応では副生成物は原料以外では気体の窒素のみであり、きれいに進行します。生成したイミノホスホランは単離することが可能です。(収率が低い場合は収率を向上させるのが難しい)
イミノホスホランの合成法としては他には
- アミン+ホスホニウム塩 (Kirsanov反応)
- TMSN=PPh3との置換反応
などがあります。
イミノホスホランは合成中間体として有用です。
代表的なものはアザウィティヒ反応です。ケトンやアルデヒド等のカルボニル化合物との反応によってイミンが生成します。加水分解すればアミン、アミドとの反応によりアミジン、イソシアネートとの反応によりカルボジイミドが生成します。
他にもカルボン酸と反応させればN-置換アミドを合成できます。また、オゾン分解を行えばニトロ化合物が得られます。
生体直交型の反応への応用
生体直交性が高い反応とは、生物の中で起こる化学反応には影響しない反応のことです。直交という言葉はあまり聞きなれないかもしれません。
直交とは垂直に交わるという意味です。交わるので「影響しない」という意味とは真逆のように感じるかもしれませんが、直交は数学の用語でベクトルの内積が0で、互いに影響しない、グラフでいえばxとy軸と同じで「次元が違う」ということを意味しています。
シュタウディンガー反応ではホスフィンとアジドという生体には存在しない特殊な官能基が使われています。これらの官能基は生物中にはないので生物の反応の邪魔をしないということです。一方で酸塩化物とアミンによるアミド化反応は直交性が低い反応です。なぜなら、生体内にはアミンはたくさん存在しているので生物の持つアミンと酸塩化物が互いに反応してしまう可能性があるからです。
何に使うのか?
生体直行型の反応は生物の中にあるたんぱく質などに化学的に修飾する目的で利用します。
例えば人為的にタンパク質にアジドを導入しておけば、アジドを持つたんぱく質だけにホスフィンを反応させることができます。ホスフィンに蛍光物質をつけておけば標的のタンパク質に蛍光標識できるので、どこで働いているのか?などを可視化することができます。ビオチンという物質を付ければ、アジドが付いたタンパク質を取り出すことができます。
類似したものにアジド-アルキンを用いたヒュスゲン反応があります。ヒュスゲン反応も同様に生体直行型の反応ですが、効率の良く反応させるために生体に有毒な銅触媒を利用する必要があるのが欠点です。
Staudinger-Bertozziライゲーション
Bertozziらはシュタウディンガー反応の生体直交性に着目し、トリアリルホスフィンを利用したStaudinger-Bertozziライゲーションを開発しました。アジドとの反応によって生じたイミノホスホランは分子内のエステルを配置することによって加水分解を起こす前にエステルに求核付加反応を起こして五員環を形成した後に加水分解してアミドを生成します。
1) 下山敦史. “合成化学者による生命現象解明へのアプローチ~ 生体直交型反応の開発~.” 有機合成化学協会誌 72.3 (2014): 303-304.2) Saxon, E.; Bertozzi, C.R. Science 2000, 287, 2007.3) Sundhoro, Madanodaya, et al. “Perfluoroaryl azide Staudinger reaction: a fast and bioorthogonal reaction.” Angewandte Chemie International Edition 56.40 (2017): 12117-12121.
アジドはどうやって生体内に導入するの?
アジドは小さく生体に紛れるやすいので、生物の代謝原料となるアミノ酸や糖などにアジドが導入された化合物を生物に添加して代謝的に取り込ませる手法が用いられます。
van Dongen, Stijn FM, et al. “Single-step azide introduction in proteins via an aqueous diazo transfer.” Bioconjugate chemistry 20.1 (2009): 20-23.
反応機構
シュタウディンガー反応はホスフィンの求電子的なアジド末端窒素への攻撃によってはじまります。その後、分子内環化して四員環を形成したのち、窒素の脱離を駆動力として開環によりイミノホスホランが生じます。(イミノホスホランは水によって加水分解を起こしてアミンを生成します)
参考文献
総説:シュタウディンガーライゲーション反応のケミカルバイオロジー研究への応用
Wang, Zhi-Peng A., Chang-Lin Tian, and Ji-Shen Zheng. “The recent developments and applications of the traceless-Staudinger reaction in chemical biology study.” RSC Advances 5.130 (2015): 107192-107199.