傷に消毒はしなくてよいって本当?
転んだり、刃物で切ったりした傷口に対してどのような処置をしていますか?
消毒液をかけて絆創膏をするという処置を当たり前のようにやられている人も多いかもしれませんが、かえって傷口の治りを悪くするから消毒しないほうが良いといわれることもあります。
結論から言うと、浅い傷で、特に汚染物質がない場合(血液、噛み傷、糞便、腐土など)は、患部をキレイに生理食塩水なければ水で洗い流せば消毒しなくてもOKです。しかし、これは傷の大きさや汚染状況、疑わしい細菌の有無などによって処置の方法は変わります。
まず深く大きな傷(血が止まらないものなど)は病院に行きましょう。自己判断で処置するのは危険です。命を落とす場合もあります。
次に、そこまで大きな傷でもないが、土砂や唾液、血液などの汚染物質が傷にめり込んでいるような傷の場合は、消毒をしたほうがよいです。なぜなら、確かに消毒薬には正常な細胞を傷つける副作用もありますが、感染症に関わる菌を減らす作用もあるからです。各種消毒薬の毒性や傷口への作用を調べた研究では、生理食塩水で洗浄しただけの傷では、緑膿菌による膿形成の例が多くなってしまっています。
消毒には市販消毒薬(塩化ベンザルコニウム等)をつかいましょう。エタノールやポビドンヨードなどは傷口の消毒には適していません。
また、見落としがちですが、傷口の直接的な消毒だけでなく手指の消毒を心がけましょう。傷口を触る手に細菌がついて感染症になる危険があります。手洗いや消毒をしてから傷口の洗浄汚染物質の除去などを行いましょう。
消毒薬を使う意味は?
消毒薬はウイルスや細菌など感染症の原因となる微生物を殺して感染を予防するのに使われる薬品です。消毒薬がなかった時代は、例えば、古代ギリシアのヒポクラテス(紀元前400年頃)は蒸留した水(無菌の水)を傷口の洗浄に使い、ローマ帝国時代(200年頃)はワインを傷口の処置に使いました。当時は傷の化膿や感染症が微生物によるものだとは知りませんでしたが、経験的に傷の悪化を防ぐことができるとして、消毒をしていたようです。
しかし、それ以降19世紀までは有効な消毒薬は見つかりらなかったせいで、傷の縫合など外科手術の後で起こる感染症で死亡する人が多いことが問題でした(敗血症など)。しかし、19世紀に入るとパスツールによって細菌の発見、さらし粉(次亜塩素酸カルシウム)の消毒利用され始めました。さらにジョゼフ・リスターはフェノール(石炭酸)を消毒薬としての利用することによって当時問題だった手術による細菌感染の死亡率を減らすことに成功しています。その後現在に至るまでに数多くの消毒薬が作られてきました。
有効な消毒薬がなかった時代は大きな傷跡で細菌感染が起こり、死亡する事例があったのです。ですから消毒薬が不要というわけではないです。
消毒は滅菌と違って、微生物を完全に死滅除去するという意味ではなく、できるだけ減少させることを目的としています。そのため、滅菌と消毒は区別して考えましょう。
消毒薬の分類と特徴、効果について
消毒薬と一口にいってもたくさんの種類があります。
下に現在使用されている消毒薬の分類と特徴についてまとめた表があります。
分類 | 消毒剤 | 特徴 | 市販品 |
陽イオン系(第四級アンモニウム塩、逆性石鹸とも) | 塩化ベンザルコニウム 塩化ベンゼトニウム | 刺激性は低く、粘膜や傷口にも利用できる。基本的に安全だが、飲み込むと危険。使用濃度で効果が変化する。詰替や長期利用で細菌汚染する可能性がある。 | エルモ傷洗浄液 マキロンs オスバン |
両性界面活性剤系(グリシン系) | アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩 | 陽イオン系と比べると作用は遅い。高濃度では結核菌に対しても有効。 | テゴー51消毒液 |
過酸化物系 | 過酸化水素 過酢酸 | 過酸化水素は分解物が水で安全性が高い。過酢酸は芽胞にも有効な強力な殺菌剤 | オキシドール |
塩素系 | 次亜塩素酸ナトリウム | 器具、プールなどの消毒に用いる。 | ハイター |
アルデヒド系 | グルタラール ホルマリン フタラール | 最も強力。器具等の消毒利用し、人体には利用できない。 | ステリハイド |
ヨウ素系 | ポビドンヨード | 効果は強いが塗布後に2分以上待つ必要がある。色がつくので塗った場所がわかりやすい。 | イソジン |
フェノール系 | クレゾール石鹸 | いわゆる病院の臭いがある。最近は使用されにくい。 | クレゾール石鹸液 |
アルコール系 | エタノール イソプロパノール | 汚れ拭き取りにも利用できる。短時間で効果がでるが、刺激性があり粘膜や傷口には使えない。芽胞形成菌(破傷風菌、ボツリヌス菌)には効かない。 | 70%エタノール消毒液 |
このようにたくさんの種類の消毒薬がありますが、それぞれ使用するのに適した場面というものがあります。例えば、エタノールは消毒によく使われますが、これは手指や器具類の消毒には使えますが、傷口や粘膜には使えません。また、話題のノロウイルスや芽胞を形成するような細菌類には効きません。うがい薬に使われるポビドンヨードも殺菌効果は高いですが、傷口のケアには使えません。
消毒薬には効果の強さによっても分類がなされています。
効能レベル | 有効な微生物 | 消毒薬 |
高水準消毒薬 | 大部分の細菌, 結核菌, 芽胞, 真菌, ウイルス | グルタラール, フタラール、 過酢酸 |
中水準消毒薬 | 細菌, 結核菌、真菌, 芽胞, 一部のウイルス | 消毒用エタノール、 イソプロパノール、変性アルコール、ポビドンヨード、次亜塩素酸ナトリウム |
低水準消毒薬 | 細菌, 真菌, 一部のウイルス | 塩化ベンゼトニウム、塩化ベンザルコニウム、グルコン酸クロルヘキシジン、アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩 |
芽胞は、細菌が作り出す極めて頑丈な細胞構造で、例えるなら、植物の種のような状態です。通常の細菌は100℃で細胞構造が変形してしまいますが、芽胞は高温に耐えることができます。これを死滅させるためには、180℃30分などの加圧加熱殺菌やグルタラールなどの高水準消毒薬をつかう必要があります。バシラス属の炭疽菌やセレウス菌、クロストリジウム属の破傷風菌やボツリヌス菌などがあります。
参考文献等
1)岩沢篤郎, and 中村良子. “生体消毒薬の細胞毒性: in vitro, in vivo における強酸性電解水, ポビドンヨード製剤, グルコン酸クロルヘキシジン製剤, 塩化ベンザルコニウム製剤の比較検討.” 感染症学雑誌 77.5 (2003): 316-322.