前回は死亡時におこる変化として死斑を取り上げてその経時変化などを紹介しました。
今回は死体変化として死体硬直を紹介します。
死体硬直(死後硬直)とは?
死体硬直とは
「死亡後に起こる筋肉の硬直のこと」
死体は、死後時間が経過するとともに骨格筋が次第に固くなっていき、関節などが動かせなくなってきます。そして死後硬直が完成すると関節が固定されて動かせなくなります。
このような死後硬直は、魚釣りをしたことがある人などは実際に経験したことがあるのではないでしょうか?魚が死亡した直後は硬直していませんが、次第に硬直していき、そして逆に時間が経つとこわばりが解けて柔らかくなります。
人体の死後硬直も同様に、死後硬直の完成後時間が経つにつれて死体硬直は解けて行きます。この死後硬直の経時変化が死亡推定時刻の推定に役立ちます。
硬直の要因
死後硬直が起こるのは筋肉が硬直することによります。筋肉が硬直する理由としては、ATPレベルの低下による生理的筋収縮の説が有力です。
筋収縮とATPの関係、なぜ筋肉が収縮するか?ということを理解する必要があります。簡単に紹介しましょう。
ATPはアデノシン三リン酸という名前の化学物質で高エネルギーのリン酸結合を含むため、生体内のエネルギーとして利用されています。簡単にいうと体を動かすのにATPを使うということです。筋肉を動かすのにもATPが使われています。
詳しいことは省きますが、筋肉を動かすのに重要な2つのタンパク質、ミオシンとアクチンがあります。下図の紫色の腕状のものがミオシンヘッドという部分で、これが緑色のアクチンに結合する際にATPをADPに加水分解すると生じるエネルギーを利用します。そしてできたADPがミオシンから離れる際にミオシンヘッドが曲がります。そうするとアクチンが左方向に移動します。これが筋肉が収縮した状態です。その後、ATPがミオシンヘッドに再度結合するとアクチンから離れて曲がった角度も元にもどります。
このようにしてミオシンがアクチンを引っ張ることによって筋収縮が起こり、このときにATPが必要ということがわかったと思います。
死後にはエネルギーである体内のATPは徐々に減少していきます。
そのため、ATPを使ってミオシンがアクチンから離れたいが、離れられなくなるので、筋肉が収縮した状態のままになるということです。
よく運動中や運動直後の死後硬直が早いのは、このATPの枯渇が早まるためであるといわれています。また、筋肉量が多いひともATP消費が早いので死後硬直が早いです。ラオウが立ったまま死んだのは、あの筋肉量でケンシロウとの戦いによってATPが消費された結果で医学的に説明できますね。
一方で死後硬直が解けるのはタンパク質分解酵素であるプロテアーゼが筋繊維を分解するためであると考えられています。プロテアーゼによる筋肉の分解は遅いため、硬直が起こるよりも解けるのは時間がかかります。
死後硬直は、アクチンーミオシンフィラメント結合のATP枯渇による滑り運動阻害と細胞内カルシウム濃度に伴う収縮増強によるもの
死後硬直の時間変化
先の通り、運動などによって大きく時間が変化するため、死斑と比べて死後直後の時間変化については追いにくい。
・約2-3時間後:顎、首周辺などが硬直開始する
・約4-7時間後:股関節などの大きな関節、手足首、指などの末梢関節と広がる
・約8-12時間後;死後硬直が完成する。
・約-30時間後:死後硬直が持続する
・約30時間以上:緩解がはじまる。夏は3日、冬は4-7日までにはおこる。
死後硬直に関する豆知識
立毛筋(鳥肌)も硬直の対象のため、鳥肌が立つ。
瞳孔の散大は死後直後で死後数時間で5mmくらいになる。これは瞳孔括約筋や瞳孔散大筋の硬直によるもの
外気温が高いなつのほうが早く死後硬直が起こるが、解けるのも早い。
人為的に死後硬直を解くことができるが、再硬直可能なのは死後5-6時間まで。
死後硬直と死斑を組み合わせることによって死亡推定時刻をより正確に推定できる。
死斑が指圧により消失し、死後硬直が顎や首のみの場合は死後から2-3時間しか経過していないので、事件性がある場合は気を付けましょう。硬直も死斑の見られない場合は瞳孔の散大の確認で死亡かどうか確認して適切な対処をとりましょう。