日本人はマグロなどの大型魚類を沢山食べるため、水銀中毒の危険にさらされています。なぜなら有毒な水銀は大型魚類で生物濃縮されて大量に含まれているからです。魚介類を多く摂取する日本人は他の国の人と比べて水銀毒性の影響を受けやすいと言われています。しかし、この水銀の毒性を低減させる効果がある成分として「セレン」が注目されています。
水銀は毒なの?
水銀といえば、毒性のある化学物質であるという認識があると思います。温度計に入った水銀が毒だから触れるなとか言われませんでしたか?
水銀が毒性のある物質であるという認識で問題ないと思います。体に必要な物質では無いとされているからです。
昔、赤い硫化水銀は辰砂と呼ばれ、不老長寿の漢方として利用されていたそうです。中国の始皇帝は水銀を薬として飲んで水銀中毒で死亡したという説もあります。有毒なものが不老長寿の薬として飲まれていたのは皮肉ですね。
有毒な水銀は単体や無機水銀ではなく、メチル水銀などの有機水銀です。米大学研究室ではジメチル水銀を手袋の上からこぼして数ヶ月後に死亡した例があります。神経毒性があり、水俣病の原因でもあります。
有機水銀、無機水銀どちらも食品から摂取する可能性があります。自然界に存在する有機水銀はメチル水銀です。
水銀の毒性は物質によって大きく異なっていて、メチル水銀などの有機水銀は大変毒性が強いですが、温度計に使われているような水銀はそこまで毒性は強くありません。多少触れたりしても死ぬことはありません。
水銀の摂取経路
水銀の摂取経路は主に海産物です。特に大型魚類は生物濃縮されるのでその含有量が多いです(クジラ、マグロ、カジキ等)。
表引用) Y. Yamashita et al.: Fish. Sci.,71, 1029(2005)
表からみてもわかりますが、アジなど体重が数百グラム程度の魚類では水銀の平均含有量は少ないです。カツオなどの中型ではアジの10倍程度の水銀量、マグロは20-30倍も水銀が多いです。キンメダイも大きさの割に水銀量が多いので注意ですね。特にキンメダイのデータしかありませんが、肝臓に水銀が大量に含まれています。肝は栄養もあり美味ですが、水銀だけでなく多くの毒性物質も濃縮される傾向があるためあまり食べない方が良いと思います。食べ過ぎは注意ですね。
水銀が魚類に蓄積される原因として、有機水銀は筋肉を構成するミオシンというタンパク質があるのですが、このタンパク質中には反応性の高いチオール基(cys706:SH1)が存在しており、水銀はチオールと反応しやすいため、水銀が筋肉に蓄積していきます。大型魚類は小型魚類が蓄積した水銀を食べることで効率的に水銀が蓄積されます。
今のところ、大型魚類を大量に、毎日摂取している場合以外は水銀毒性による影響を受ける可能性は低いです。しかし妊婦さんなどは、大人と比べて胎児は神経毒性、催奇性の影響を受けやすいことから、毒性は気になりますよね。無理に避ける必要はないですが、大型魚類はあまり食べすぎない方が良いと思います。
セレンの毒性軽減作用が発見される
セレンの毒性軽減作用が注目されたのは、水俣病患者の原因特定時に、患者の体内から高濃度のセレンが発見されたからです。当初は、水俣病の原因がメチル水銀と特定できておらず、「セレンが水俣病の原因物質ではないか?」と疑われていました。後になって調べてみると、水銀暴露された人間のセレン濃度が高くモル比で1:1になっていることが明らかになりました。さらに、臓器中の水銀の状態は猛毒の有機水銀ではなく、殆どが毒性の弱い無機水銀の形で蓄積されていることがわかりました。このことから、セレンが、有毒な有機水銀の無機化による毒性軽減作用に関わっているのではないかと考えられました。
セレンの水銀毒性軽減作用の検証
水銀には、無機水銀(水銀イオン)と有機水銀(主にメチル水銀)があります。両者の毒性はそれぞれ異なっていて、無機水銀は腎臓障害を起こし、有機水銀は水俣病に代表される神経障害を起こします。それぞれの毒性に対する調査は、1970年ごろに行われています。
・無機水銀の毒性軽減作用
1967年にParizekとOstadolovaは致死量のHgCl2を投与したラットにNa2SeO3を投与すると98%のラットが生存することを発見しています。ラット以外にもマウス、うずら、にわとり、金魚などでも同様の効果が得られることが確認されました。
・有機水銀の毒性軽減作用
有機水銀は重篤な神経障害を起こすことがしられています。この有機水銀の毒性軽減作用についても報告されています。1972年にGantherらはラットに対してNa2SeO3とメチル水銀を与えた群の体重増加率と生存率はメチル水銀のみと比べて優位に高いことを見出しています。Iwataらもラットのメチル化水銀の神経症状を観察し、亜セレン酸の毒性抑制効果を確認しています。
なぜ毒性軽減作用を発揮するか?
セレンの毒性軽減作用はメチル水銀による免疫の低下や催奇性などは軽減されないことがわかっています。これは水銀が排泄されず体内に蓄積しているからだと考えられます。
同位体セレン、水銀を用いて体内動態を確認したところ、水銀の排泄は促進されておらず、むしろセレンによって水銀の蓄積を促進していました。この蓄積促進は無機水銀は大きく、有機水銀はあまり影響を受けていません。
無機水銀の場合、血漿中ではグルタチオンの作用を受けて亜セレン酸が還元されて水銀イオンと反応し、HgSeが生成すると考えられています。これは不溶でありコロイド状で存在し、タンパク質に取り込まれて高分子複合体を作ると考えられています。赤血球中のHg,Se濃度は高く分解するまでHgSeを離さないため、腎臓への毒性を低減していると考えられています。
有機水銀の場合、無機水銀のような相互作用は確認できませんでした。
セレノネインによるメチル水銀の無機化機構
マグロ類摂取によって、メチル水銀の毒作用が軽減されることが動物実験から確認されていました。そこで、まぐろ中に含まれるセレン類の抽出を試みたところ、セレノネインが見つかりました。
参考)化学と生物Vol. 50, No. 11, 2012
セレノネインはヒスチジンベタイン類縁体の一種で、エルゴチオネインというきのこ類から見つかった抗酸化作用をもつベタインに似ているためこの名前がつけられました。 詳しい機構はわかっていませんが、セレン摂取によりセレノネインが合成され、メチル水銀と反応してセレノネインーメチル水銀複合体が形成、OCTN1を介して小胞体に取り込まれた後、酵素の作用により無機化が起こり、細胞外に放出されるという経路をとることがわかってきました。マグロは水銀が蓄積しやすいのでその毒性を抑えるための防御機構としてセレノネインなどを使っているのでしょうかね?
[ベタインとは分子内に正電荷と負電荷が共存する分子の総称]
セレノネインの優れた機能
セレノネインは
- ラジカル生成の防止
- メチル水銀の無機化
- ヘム鉄の自動酸化防止
- チオール基の化学修飾
- セレンタンパク質遺伝子の転写・翻訳調節
- レドックス状態のシグナル
など様々な機能を持っています。現在、多機能なセレノネインに対して注目が集まっています。
まとめ
大型魚類、特にマグロ等には高い濃度の水銀が含まれていますが、通常の範囲内では水銀毒性は気にする必要はなさそうです。特に、マグロには水銀の毒性を弱めるセレノネインというセレン化合物が含まれているからです。セレノネインはむしろ積極的に摂取したいほどたくさんの機能・健康効果があります。
気をつける場合があるとしたらほとんど食べる機会はないと思いますが、クジラ類です。特にハクジラはセレノネイン含有量がすくなく、高濃度の水銀を蓄積しているために、水銀毒性が現れやすいと考えられます。
セレンにはセレノネインを介した効果以外にも健康効果があるので、食品から積極的に摂取したい気持ちもあります。マグロ類に関してはバランスよく食べるのが大切ということですかね?