科学は万能?科学主義とは?

科学は万能なのか?

「科学は万能」

これらの言葉は様々な文脈で使用されます。個人的には否定的な文脈で使われることが多いような気がします。

「科学者は科学が万能であると考えている。しかし、…」

「科学は万能であると唱えられていながら、科学では説明不能な謎が多くある…」

果たして科学は万能なのでしょうか?

科学は万能?万能の定義

万能という言葉には

万能[ばんのう]

1.すべての物事に効能がある。万時に役立つこと。

三省堂 大辞林 第三版より引用

という意味があります。

万能が使われる言葉を見てみましょう。

「万能ねぎ」の万能は様々な料理に使えるという意味で使われています。

ほかにも「万能ばさみ」「万能調味料」などがありますが、万事に役に立つという意味で使われていますね。

さて、科学に話を戻しましょう。

「科学は万能」を言葉のまま解釈すれば「科学がすべての物事に対して役立ち、効能がある」ということです。

そういった意味では私は概ね科学は万能であると思います。そして今後はもっと洗練されていくでしょう。なぜなら、科学は日進月歩、絶えず進化し続けているからです。

ここでいう科学とは科学的手法に基づいた知識や科学的手法についてです。

帰納法は科学的手法の原点です。帰納法はざっくり言うと個々の事例から一つの法則性・共通性を見出して結論付ける方法のことです。様々なことを説明したり、理解したりすることに役立ちます。また、導きだされた結論も他の類似した事例を推論するのに役立ちます。例えば、ニュートンが導き出した運動方程式(F=ma)は現在では近似的であることが分かっていますが、それでも多くの身の回りの事象を説明するのに役立っています。

演繹法と帰納法の違い演繹と帰納の違いをわかりやすく説明 -ロジカルシンキング

一方で世の中で使われる「科学は万能」という言葉は「科学が世界全ての問題を解決できるものである」という意味で解釈されているようです。

そういった意味であれば科学は万能ではないと思います。

観察や実験・検証を通して、why(なぜ?)やHow(どうやって?)を説明し、それをまとめたものが科学です。すべてを完璧に説明できるのならば「万能」といえるかもしれません。しかし、科学が導き出した知識は限定されたものであり、暫定的なものです。

例えば、ニュートンが導き出した運動の法則は身の回りの物体の運動をきれいに説明することができます。そのため、運動の法則は「全ての物体運動を説明できる万能な法則」であると当時は考えられたでしょう。しかし、実際は、我々の目で観察できるような世界に限定された法則であり、原子や電子などのミクロな世界の運動については説明することができません。今やニュートン力学は古典力学と呼ばれています。

このように、科学は常に限定的であり、暫定的です。科学者は導き出された完璧のように見える法則をもとに観察や実験を繰り返していきます。彼らはその過程で発見された矛盾を説明するために新たな理論を構築していきます。現に、量子力学はニュートン力学では説明できないという動機から発展した学問と言えるでしょう。

こめやん

真理のような理論であっても誤りがある可能性を受け入れることによって、科学は発展してきたとも考えられますね

科学は物事のほんの一部を説明できているのにすぎません。確かに科学技術は世界を大きく変化させてきました。大きな潜在的可能性を秘めているといえるでしょう。しかし、科学技術は多くの問題を解決し、それと同時に多くの問題も生み出しました。

ここで改めて「科学は万能なのか?」という問いを眺めてみましょう。

科学はすべての問題を解決することはできないでしょう。しかし、科学の利用は現状存在するあらゆる問題を解決する可能性を秘めた手段の一つであることは疑いようのない事実でしょう。

そもそもの話ですが、科学は人間の生活を便利にするような、問題解決を図るものではありません。下に類似する言葉の意味を集めてみました。

  • 科学:自然を理解・解明していく学問。法則を発見し、理論を構築する。体系化された知識や経験。自然科学等。
  • 工学:科学を基礎として世界のあらゆる問題解決を図る方法・技術の発明を行う学問
  • 科学技術:科学を応用して作り出された技術
  • 技術:人間の生活に役立つ手段

すると科学は万能という問い自体がおかしい?

「科学者は科学がすべてを解決する絶対的なものであると信じている」と思われているような気もしますが、実際は科学者は絶対がないこと、科学が常に間違える可能性を認識している人達です。一部そうでない人もいるかもしれませんが。

科学が万能ではないから

科学は万能ではないということを理由にした理論展開がされることがあります。

「科学では○○の存在を説明できないから…」

世の中の説明できないことを解明していくが科学です。世の中には科学では説明できないことがたくさんあります。これまで説明できなかったことも知識や経験の積み重ねで説明できるようになることがあります。

「科学的に根拠がないからやめるべきだ」

科学的に根拠がないというのは、単に科学的な調査が行われていないだけの可能性があります。また、科学的な根拠がないことはそれが意味がないことを表すことではないです。少なくとも意味があるかどうか検証されていない、検証されたが客観的なデータとして裏付けられる事実は見つからなかっただけとか…

「科学的に根拠がある」

少なくとも科学的な根拠がないものよりも信頼性は高いかもしれません。科学的な根拠があるといっても盲信するのは危険です。科学は限定的で暫定的であることを考慮する必要があります。例えばマウスの実験では立証されているという根拠があっても、それはマウスへの効果に限定されていて、ヒトに対して有効であるかは不明だからです。また、投与量もかなり多いかもしれません。

科学主義とは?

17世紀の科学革命以降、近代の科学は良い面でも悪い面でも世界を大きく変えてきた中心的な存在であることは疑いようはないでしょう。

病気の治療など人間が直面した多くの課題を科学が解決してきたことを顧みると「すべての問題は科学の力によって解決されるのでは?」と考える人が現れるのは無理もないでしょう。

こうした主義・主張は「科学主義:scientism」と呼ばれ、しばしば批判的に用いられます。フリードリヒ・ハイエクやカール・ホパーらが用いたといわれています。

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