ルーシェ還元は不飽和カルボニルのオレフィンの還元を防いでカルボニル基(1,2-還元)を選択的に還元する方法です。塩化セリウム(III)をNaBH4と共存させることによってカルボニルとオレフィンの還元(1,4-還元)ではなく選択的に1,2-還元が進行します。
ルーシェ還元でカルボニルのみを還元!
ケトンやアルデヒドのようなカルボニル化合物の還元は安定・安価・穏やかなNaBH4を用いた還元が便利です。
しかし、αβ不飽和カルボニルの場合は、カルボニルの還元と同時にオレフィンの還元も進行してしまいます(1,4-還元)。
飽和アルコールを合成したい場合はそのままでOKですが、オレフィンを残して不飽和アルコール(アリルアルコール)を合成したい場合は塩化セリウム(III)・NaBH4の条件 – ルーシェ還元を使います。
他にLiAlH4やDIBALも1,2-還元が優先的に進行します。DIBALの選択性はルーシェ還元に匹敵しますが、エステルなどが還元されたり、低温条件で反応させたりする必要があるため、ルーシェ還元のほうが選択性は優れています。ルーシェ還元は定量的に1,2-還元が進行します。
また、ルーシェ還元ではケトンとアルデヒドが共存している場合は、ケトン選択的に還元することが可能です。
Gemal, Andre L., and Jean Louis Luche. “Lanthanoids in organic synthesis. 6. Reduction of. alpha.-enones by sodium borohydride in the presence of lanthanoid chlorides: synthetic and mechanistic aspects.” Journal of the American Chemical Society 103.18 (1981): 5454-5459.
ルーシェ還元の機構
ルーシェ還元ではセリウムの酸素への親和性の高さが選択性を発揮する鍵になっています。
選択性を議論する上で重要になるのがHSAB則です。イオンなどの化学種を硬いもの、やわらかいもの、中間のものと分類したとき、同じ性質の者同士が反応するというような経験則です。知らない場合は以下の記事を参考にしてください。
αβ不飽和カルボニルの還元ポイントはカルボニル基とオレフィンです。この時カルボニル基はハード(硬い)に分類され、オレフィンはソフト(柔らかい)に分類されます。
NaBH4は柔らかい還元剤であるため、柔らかいオレフィンに対して付加した後、硬いとはアルデヒドやケトンは還元されやすいため、還元されます。これによってすべて還元された飽和アルコールが生成します。
一方で、塩化セリウムを加えると塩化セリウムは酸素への親和性が高いため、メタノールを加えるとメタノールと反応して活性化させます。
これにNaBH4が反応したアルコキシボロヒドリドが生成します。このアルコキシボロヒドリドはNaBH4と比べて硬い還元剤であるため、硬いカルボニルを選択的に還元してアリルアルコールを生成します。
また、塩化セリウムはカルボニル酸素に対しても配位しやすく、カルボニルを活性化することが可能です。これにより反応性が向上することによってカルボニルの還元反応が促進されると考えられます。
ケトン選択的還元の機構
塩化セリウムを用いればケトンとアルデヒド存在下でケトンのみを還元することが可能です。
通常はアルデヒドのほうが反応性が高く、アルデヒド選択的に還元することのほうが容易ですが、塩化セリウムを使えばケトンを選択的に還元できます。
この機構はセリウムによるアルデヒドの選択的アセタール化によるものです。ケトンよりもアルデヒドのほうがアセタール化しやすいことが理由です。
アセタール保護することによってケトンを還元できます。アセタール化するために予め塩化セリウムとメタノール溶媒中で基質を反応させた後にNaBH4を加えるほうが選択性がよくなります。
アセタールは酸条件で脱保護するとアルデヒドに戻せます。アセトン中で行うのが効率的です。