固相合成法は樹脂ビーズなどの固体表面上で化学反応を行う方法です。通常の化学反応は液相中で行いますが、固相反応は原料および反応生成物が固相表面上に結合しているため、未反応の試薬などを簡単に洗い落とすことができるのがメリットです。
固相合成法が良く利用される合成は「ペプチド合成」です。今回はペプチド固相合成法について紹介していきます。
目次
固相合成法とは?
固相合成法は樹脂ビーズ表面に化学物質を結合させた状態で反応を行う方法です。
固相合成法は1963年にロバート・メリフィールドがペプチドの効率的な合成法として発表されたもので、その功績でノーベル化学賞を受賞しています。
固相合成法が良く利用されるのは「ペプチド」などのポリマー合成です。核酸やペプチド合成などに利用されています。
固相合成法のメリットは
- 未反応の反応試薬の洗浄除去が簡単→反応試薬を過剰量用いやすい
- 過剰量の反応試薬を加えられるので収率100%近く反応させることも可能
- 類似した化学反応の繰り返す場合は合成にかける手間や時間を短縮できる(アミド化など)
- 長鎖の化合物を合成可能(長鎖になると溶媒に溶けにくくなる)
などがあります。
固相合成法はペプチドや核酸だけでなく様々な化合物の合成に利用できます。その場合は固相に結合する官能基と反応条件、脱樹脂条件を決めて適切な固相を選択します。
レジンの種類と選択
固相に良く使われているのはレジン(樹脂)です。樹脂の違いは
- 反応点の違い(アミノ基?カルボキシ基?)
- 反応点密度
- 脱樹脂条件
- 長いPEG鎖の有無
- コスト(PEG鎖有りは高価)
などがあります。
固相に使われている樹脂成分は基本的にポリスチレン(PS)・ジビニルベンゼン(DVB)共重合球体でDMFやエーテル、ジクロロメタンなどの溶媒耐性があります。また、樹脂は溶媒を吸収して膨潤すると表面だけでなく内部の反応点とも反応します。
こめやん
高価な樹脂はPEGリンカーが反応点と樹脂の間に入っているもので、長鎖ペプチドを合成する場合などに利用します。10ユニット以下くらいならPEGなしの安価なレジンでOKです。
良く使われるレジン
レジンには様々な種類があります。ここではペプチド合成で良く利用されるレジンを中心にそれぞれの特徴や利点などを紹介していきます。
ペプチド合成では
- カルボン酸を固定化してアミノ基側をカルボン酸と縮合させる方法(N末端側を伸長させる)
- アミノ基を固定化してカルボン酸側をアミノ基と縮合させる方法(C末端側を伸長させる)
ペプチド合成においてはN末端側を伸長させたほうがラセミ化が最小限に抑えられるため1の方法がとられます。
また、N末端側(α位アミノ基)の保護基にBoc基(酸脱保護)かFmoc基(塩基脱保護)のどちらを使のか?によって使用する樹脂や保護基が異なります。一般的にFmoc基を使うFmoc法のほうが良く使われます。
樹脂から切り出した後の構造がカルボン酸、アミドの二種類あります。
カルボン酸
メリフィールド樹脂(クロロメチルレジン)
メリフィールドにより開発されたレジンでカルボン酸を塩基性条件下でベンジルクロライドと反応させて樹脂とエステルで結合させます。フッ化水素で脱樹脂するとC末端カルボン酸体が得られ、MeOH / NH3で処理するとC末端アミド体が得られます。
初期に開発された樹脂であり、導入時の反応が過酷で副反応が起こることがあるのでペプチド合成ではあまり用いられないです。(Boc法)
Wang resin
WangレジンはC末端フリーのペプチドを合成するのに良く利用される樹脂です。メリフィールドレジンよりもファーストカップリング時の条件が温和です。最初のアミノ酸は樹脂のベンジルアルコールとカルボン酸エステル化をして結合させます。ラセミ化や収率の問題から予めアミノ酸が導入された樹脂を購入することも多いです。
PAMレジン
PAMレジンはWangレジンよりも酸に対する安定性が高く脱Boc化反応時に脱樹脂が起こりにくいです。
2-chlorotrityl resin
2-クロロトリチルレジンはWangレジンと同様にカルボン酸とエステルを形成する反応点を持っており、カルボン酸フリーのペプチドを合成するのに良く利用されます。Wangレジンと比べてトリチル基による立体障害があるためラセミ化が起こりにくい利点があります。また、脱樹脂もTFA等の酸で容易に行えるので保護アミノ酸を得ることも可能です。
NovaSyn© TGA resin
Novasyn TGAレジンはWangレジンなどと同じくベンジルアルコールを反応点として持つ樹脂で、樹脂の間にPEG鎖があることが特徴です。膨潤性が高く、長鎖のペプチド合成などを行うのに有用です。
- NovaSyn TGR resin:NovaSyn TGレジンのRinkリンカー版(切り出しはアミド)
- NovaSyn TGR A resin:BnOH系、膨潤性が高く、50残基以上の長鎖ペプチド合成向き
- NovaSyn TGR R resin:Rink系、膨潤性が高く、50残基以上の長鎖ペプチド合成向き(切り出しはアミド)
アミド
Rink Amide
Rink Amideレジンは一般的な固相樹脂です。レジンのFmocを脱保護した後、カルボン酸と縮合させてアミド化します。Rink Amideレジンの場合、脱樹脂するとカルボン酸アミドが得られます。ペプチド合成ではC末端をアミドの状態で得たい場合にRink Amideレジン等を利用します。
Rink Amideレジンは高濃度の酸にさらす際、リンカー部分が分解する場合があるのでTFA濃度を抑えてトリエチルシランなどのカチオンスカベンジャーを加えておくと良いです。
同じRink Amideでも様々なバージョンがあります。
- Rink Amide HL resin:High Loading版、反応点密度が高くたくさん結合できる
- Rink Amide AM resin:固相がアミノメチルポリスチレン樹脂
- Rink Amide MBHA resin:固相が4-Methylbenzhydrylamine ポリスチレン樹脂で酸につよい
- Rink Amide PEGA resin:PEGAはポリエチレングリコールとアクリルアミド類から作られる親水性ポリマーです。膨潤性が高く水やメタノールなどの溶媒でも膨潤します。
Tenta Gel© Resin
Tenta Gelレジンは親水性のポリエチレングリコール鎖がポリスチレン表面に導入された親水性の高い固相です。ペプチド合成に良く利用されます。
カチオンスカベンジャー
保護アミノ酸の脱保護を酸条件で行うと保護基由来のカチオンが生成します。tert-ブチルカチオンやトリチルカチオンは脱保護後の求核性官能基と反応する可能性があります。こうした副反応を防ぐためにカチオンをトラップするためにカチオンスカベンジャーを加えます。
代表的なスカベンジャーは
- トリイソプロピルシラン(TIS):トリチルカチオントラップに有効
- 1,2-エタンジチオール(EDT):tert-ブチルカチオンのトラップに有効だが、悪臭が欠点
- m-クレゾール
- チオアニソール
- 水
などがあります。
これらのカチオンスカベンジャーは発生したカチオンと反応して副反応を防ぎます。ペプチド合成においては、TFA / H2O / TISの混合液を用います。Cys (Trt)およびMetを含む場合はさらにEDTを加えた混合液を使います。
スカベンジャーは脱樹脂・脱保護の際に利用するTFAに加える形で利用します。
ペプチド合成の手順
ペプチド合成(Fmoc法)の大まかな流れを説明します。
- 合成したいペプチドに合わせて樹脂を選択
- 導入率(初期量の70%くらい?)を考慮して樹脂量とアミノ酸当量を計算する
- 樹脂をDMF等を用いて数時間置いて膨潤させる
- 1個目のアミノ酸を樹脂に合わせた条件で導入する。
- キャッピング(反応点を潰す)する
- Fmoc定量によって導入率を計算する
- ピペリジンでFmoc基の脱保護
- 2個目以降のアミノ酸を縮合する
- 脱樹脂
- 精製
という流れです。