炭酸リチウムで躁病の治療
炭酸リチウム(Li2CO3)と聞くと炭酸ナトリウムや炭酸カリウムといった無機塩基と変わらない印象がありますが、実は医薬品としても使われています。
有効成分はリチウムイオン(Li+)と思われますが、こんな簡単な構造にもかかわらず医薬品として機能するのは不思議ですね。
炭酸リチウムの医薬品としての歴史は古く、昔から躁病の治療薬として利用されていました。
Nirvanaの楽曲にも薬物依存や精神病がテーマの楽曲「Lithium」がありますが、これは医薬品の炭酸リチウムから来ていると思われます。
炭酸リチウムの医薬品としての歴史
炭酸リチウムは1800年代から結石の治療薬として利用されていました。それ以外にも痛風、頭痛、リウマチの治療薬として利用されてきた経緯もあります。
躁病治療薬としての期待は医師のJhon Cade が動物実験で炭酸リチウムを投与すると静穏効果があることを発見したことがきっかけとなります。以降、躁病患者に投与したところ躁病の改善効果が見られ、医薬品として利用されるようになりました。
炭酸リチウムには静穏効果があり、双極性障害患者の自殺を防止するのに役立ちます。
分子メカニズム・作用機序
古くから治療薬として用いられている炭酸リチウムですが、なぜ効果があるのかは現在に至っても不明な点が多いです。
炭酸リチウムは中枢神経系の神経シグナルを弱める効果があり、神経伝達物質や受容体と相互作用を示すと考えられています。脳内モノアミンの生成抑制および再取り込み促進、放出抑制などが考えられています。
炭酸リチウムは遅効性の医薬品で薬効が発揮されるまで一週間程度を要するため、強い症状には即効性のベンゾジアゼピン系等が使用されます。
炭酸リチウムが効果を発揮するのに時間がかかることから、転写が関わっているのでは?という予想がたてられています。
これまでの研究からリチウムは多くの遺伝子やたんぱく質との関与が示唆されており、非常に多彩で複雑です。
下記の研究からシグナル伝達経路がリチウムの作用機序において中心的な役割をになっていることが示唆されました。リチウムが調節すると思われる因子は
- GSK-3 (グリコーゲンシンターゼキナーゼ-3)
- PKC (プロテインキナーゼC)
- mTOR
- Wntシグナル
が挙げられています。
Akkouh, Ibrahim A., et al. “Exploring lithium’s transcriptional mechanisms of action in bipolar disorder: a multi-step study.” Neuropsychopharmacology 45.6 (2020): 947-955.
参考
Smagin, Dmitry A., et al. “Chronic Lithium Treatment Affects Anxious Behaviors and theExpression of Serotonergic Genes in Midbrain Raphe Nuclei of Defeated Male Mice.” Biomedicines 9.10 (2021): 1293.Marie-Claire, Cynthia, et al. “A DNA methylation signature discriminates between excellent and non-response to lithium in patients with bipolar disorder type 1.” Scientific reports 10.1 (2020): 1-9.Krull, Florian, et al. “Dose-dependent transcriptional effects of lithium and adverse effect burden in a psychiatric cohort.” Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry 112 (2022): 110408.