ジイミド(HN=NH)はアルキンやアルケンといった多重結合を還元する方法の一つです。アルキンの還元はZ-オレフィンを与えます。
多重結合の還元反応は多々知られていますが、ウィルキンソン触媒等の均一系接触還元やPd/Cなどの均一系接触還元などといった還元剤とは異なるメカニズムで進行するため、これらの方法で上手く行かない基質を試す価値があるかもしれません。
ジイミドはヒドラジンやアゾジカルボン酸塩などから発生させて利用します。選択性は高く、特に立体障害の少ない対称性二重結合を還元するのが得意です。
ジイミド還元の特徴・利点
ジイミド還元の利点は
- 高価・毒性のある重金属を利用しない
- 特徴的な官能基選択性を持つ
- 立体選択的なシス水素添加
- 温和な反応条件
などが挙げられます。
ジイミド還元の官能基選択性は高く、
影響を受けない官能基は
- ペルオキシド
- N-オキシド
- スルホン・スルホキシド
- ジスルフィド
- ニトリル
- ニトロ
- カルボニル(ベンズアルデヒドは例外)
電子求引性の置換基を芳香環にもつ芳香族ケトンやアルデヒドは還元されてアルコールを与えることがあります。アリールアルデヒド類はベンジルアルコールに還元されやすいです。
多重結合に対する反応しやすさ
ジイミド還元は還元される多重結合に対する反応性の違いが結構あります。
アルキンよりもアルケンのほうが早い
例えば、アルキンよりもアルケンのほうが速やかに還元されます。これは三重結合が二重結合と比較して求電子試薬に対して不活性であることが原因です。
立体障害を受けやすく多置換オレフィンの還元は遅い
ジイミド還元は多重結合への接近により反応が進行するため、立体障害を受けやすく、多置換オレフィンの反応性は低くなっています。末端オレフィンが還元されやすく、立体障害の大きい4置換オレフィンとでは区別して還元可能です。
ジイミドは最も立体障害が少ない側から多重結合に接近するため、速度論支配の生成物が得られます。
ノルボルネンの立体的に空いている凸面(convex面)側(anti- exo)が選択的に還元されます。
歪んだオレフィンの還元は早い
歪みのあるオレフィンの還元は早いことが知られています。そのため鎖状二重結合よりも歪んだ環二重結合のほうが還元されやすいことが多いです。しかし、1-ペンテンなどの少置換オレフィンは還元されやすいです。
E-オレフィンのほうがZ-オレフィンよりも還元されやすい
置換オレフィンはE体のほうが還元されやすいです。フマル酸のほうがマレイン酸よりも10倍反応速度が大きいです。
ジイミド還元の反応機構
ジイミド還元はプラスに分極したジイミドの水素が六員環遷移状態をとりながら求電子的に多重結合にsyn付加する。
ジイミドの発生方法
ジイミドは不安定な気体であるため、ヒドラジンなどから酸化させて発生させます。
ヒドラジン+酸素による発生法
ヒドラジンを二価銅触媒下空気中の酸素で酸化させて発生させます。しばしば酢酸を添加します。空気中の酸素は開放で激しく撹拌するか、バブリングして添加します。二価のどうは硫酸銅を使うことが多いです。ヒドラジンを使った方法は安価であるメリットがあります。
ヒドラジン+過酸化水素による発生法
2.ヒドラジンと過酸化水素、二価銅、酢酸により発生させる方法です。30%過酸化水素をゆっくりと滴下させて撹拌して発生させます。3
アゾジカルボン酸塩の酸加水分解による発生法
アゾジカルボン酸塩を酸加水分解により発生させることもできます。酢酸をゆっくりと添加して発生させます。溶媒はアルコール系のプロトン性極性溶媒をよく利用します。非プロトン性溶媒としてはDME、THF、DCMなどを使います。
アゾジカルボン酸塩によるジイミドの発生は溶媒によって還元速度が変化することが知られていて、ピリジン>ジオキサン>DMSO>メタノール>エタノールの順に反応性が低下し、水やノルマルブタノールは反応を抑制すると言われています。
W. Hamersma., E. I. Snyder: J. Org Chem..30, 3985 (1965)
アゾジカルボン酸アミドからカリウム塩を調整する方法
アゾジカルボンアミドに40%水酸化カリウム水溶液を0℃に冷却しながらゆっくりと加えてそのまま5時間程度撹拌し、できた固体を濾過、0℃に冷却したメタノールで良く洗浄してKOHを洗い流して減圧下良く乾燥する。アゾジカルボン酸塩は日光下で爆発する可能性があるので注意する。
ジイミド還元の反応例
ジイミド還元は不飽和結合の還元に使われます。アルキンよりもアルケンのほうが反応性が高いことが多くアルキンの部分還元は難しい傾向があります。
メタノール(40 mL)中の原料(2.0 g、6.2 mmol)にアゾジカルボン酸二カリウム(20.0 g、100 mmol)を加えた。メタノール40 mL中の氷酢酸(5.9 mL)の溶液を室温で2時間かけて添加し、一晩藩王させた後、100mL水を加えて石油エーテルで抽出、濃縮後、粗生成物にn-プロピルアミン(10 mL)を加え、反応混合物を1時間撹拌した。反応混合物を石油エーテル(200 mL)で希釈し、水(3 x 100 mL)で洗浄した。後処理を行い減圧蒸留により目的物(1.2 g、60%)を得た。
アルキンの還元はZ選択性がありますが、収率はあまりよくありません。同様の手順でエポキシドなどを侵すことなく得られます。
参考
1)http://reag.paperplane.io/00001047.htm