ラットやマウスは実験動物としてよく用いられますが、両者の違いについては理解しているでしょうか?
今回はラットとマウスの違いについて紹介します。
ラットとマウスとは?
実験動物は生物や医学、薬学、農学など様々な分野で研究用に利用される動物のことです。物理的および化学的刺激に対する応答などを見ることによって、評価を行います。
この実験動物の代表例がラットとマウスです。
ラットとマウスは両方とも齧歯類の仲間でいわゆるネズミです。しかし、属や種は異なっています。
こめやん
ラットとマウスは成獣であれば簡単に見分けられます。ラットはマウスよりも大きく、体重は10倍以上になります。
画像ではわかりにくいですが、ラットは片手で持つには大きすぎるサイズで、マウスは片手でも収まるくらいのサイズ感です。
マウスとラットの見分け方は幼齢のときは門歯の裏側を見ます。マウスは縦断面が二段になっています。
ラットとマウスの違い
ラットとマウスの違いについてもう少し詳しく見ていきます。
ラット | マウス | |
体重 | 700gに達する | 100g以下 |
染色体 | 22対 | 20対 |
ゲノムサイズ | 2.75 Gbp | 2.6 Gbp |
成長 | 遅い | 早い |
飼育 | 要スペース | 省スペース |
解剖学的差異 | 胆のうがない | 胆のうがある |
多用される実験用途 | 遺伝学・腫瘍学・感染 | 栄養学・代謝 |
参考 Difference between Rats and Mice取得できませんでした
実験動物としての利点
マウスの利点は小さいために飼育が簡単で、繁殖力も高く、世代交代も早いのが利点です。ラットはスペースを取るので大変です。
マウスは古くから実験動物として利用されてきたこともあり、様々な実験用途に利用されています。特に遺伝子学的な実験に適しています。ラットは体が大きいので解剖しやすく、排泄物や臓器などは大きなサンプルを確保できる点が利点です。栄養学、生化学、毒性学の実験動物として利用されます。
西川哲. “実験用ラットの歴史について考える.” 岡山実験動物研究会報 7 (1990): 28-32.
よく使われるマウスの系統
動物実験を行うときは実験結果のバラツキができるだけ少ないほうが評価が少ないです。実験結果のばらつきは手技や環境(気温や湿度)など様々な要因により生じますが、一つの大きな要因として「遺伝的要因」が挙げられます。
通常生物は同じ種、家族でも異なる遺伝子を持っていますが、こうした遺伝的な個体差が実験結果のばらつきを生じさせる原因となるので制御する必要があります。
遺伝制御の方法の一つが「近親交配」です。
例えば実験動物用のマウスにはC57BL/6 など様々な名前が付いたマウスがいます。このC57BL/6は近親交配によって遺伝制御を行うことによって同じDNA配列を持ったマウスです。
C57BL/6などは系統 (strain)と呼ばれる分類です。系統は。遺伝制御よって同じ遺伝学的背景を持ったマウス集団を指します。
こめやん
ラットと比べてマウスの系統はたくさんあります。遺伝子が同一なためその系統に特徴的な性質が現れることがあります。例えばC57BL/6は痛みに敏感、鎮痛薬が効きにくいなどの特徴があります。したがって、実験用途に適切な系統を選択する必要があります。
マウス系統の一覧
系統を作るためには遺伝的差異をなくすための操作が必要です。
- 近交系:近親交配を20世代以上繰り返して作成した系統で遺伝的にほぼ同一とされる
- リコンビナント近交系:ハイブリッドを20世代以上近親交配させた系統
- リコンビナントコンジェニック系:ハイブリッドを親の片方の系統に2回ほど戻した後、近親交配を行う方法。どちらかの親由来のゲノム割合を増やしたい場合に使用
- クローズドコロニー:特定の集団内で5年以上繁殖させた集団で個体間で遺伝子差はあるが、何匹かの群で見たときは遺伝子的差が少なくなっている系統
- トランスジェニック系:受精卵に遺伝子導入して作成したマウス(GFP導入マウスなど)
- ノックアウト系:特定の遺伝子の働きを消失させたマウス
- ミュータント系:突然変異による特定の形質を維持している系統(毛が生えない、目の色)
- コンジェニック系:突然変異体と近交系を交配させて突然変異遺伝子を持たせつつ、DNAを同一を
- コアイソジェニック系:一つの遺伝子座のみ異なっている系統
- 交雑(ハイブリッド):近交系同士で交配させたマウス。父母の違いは区別する(F1)
- 野生型:野生マウスは遺伝子的な多様性を見るために用います。
近交系
近交系のマウスは近親交配により遺伝子的にほぼ同一とされる集団を作り出しています。遺伝子的に同一であるため、実験に対するレスポンスが均一に得やすい利点があります。近交系のマウスは各々の系統に現れる特徴がはっきりとしているので、自身の実験にあった系統を選択しやすいです。クローズドコロニーと比べて繁殖力が低い傾向があります。
武富萬治郎. “近交系の特質とその利用.” 西日本畜産会報 23 (1980): 1-6.
- C57BL
- BALB/c
- C3H
- DBA
- CBA
- AKR
- A
- C57L
- C58
- KK
- NZW
- RF
- SJL
- SWR
- ACI
- BN
- Donryu
- F344
- LEW
- M520
- SHR
- WAG
Kawamoto, Yasuo. “実験動物の遺伝制御―マウス・ ラットを中心として―.” 岡山実験動物研究会報 2 (1984): 13-15.
クローズドコロニー
クローズドコロニーは個体ではなく群における効果を検証したい場合に利用します。医薬品の検定用としてよく使われます。近交系と比べてコストが低いのでたくさん動物実験を行うときに利用されるようです。
マウスのクローズドコロニー一覧
- dd
- ICR
- CFW
- CF#1
ラットのクローズドコロニー
- wistar系
- Long-Evans系
- Sprague-Dawley系
- Donryu
- F344
などがあります。
ハイブリッド
ハイブリッドは2種類の系統を交配させて作った系統です。特に近交系のマウス同士の雑種第一世代(F1)がよくつかわれます。近交系であるため遺伝子が均一である点、両親の優勢の形質が現れる、雑種強勢が現れるなどの点が特徴です。
がん研究などによく使われます。
- CDF1
- BDF1
- B6C3F1
などがあります。
ミュータント系
ミュータント系は突然変異などによって毛が生えなくなったり、目の色異なったりする形質を維持しているマウスの系統です。ミュータント系は遺伝子変異によって特定のたんぱく質が正常に作られなくなって問題がおこります。ミュータントマウスの解析によって疾患のメカニズムを明らかにできることもあります。人疾患モデルや遺伝学の実験等に利用されます。
トランスジェニック系
トランスジェニック系マウスは外来の遺伝子を導入した遺伝子改変マウスのことです。Tgマウスとも呼ばれます。似たものに遺伝子ターゲッティングマウスがありますが、これは遺伝子ターゲッティング技術(特定の遺伝子を破壊あるいは改変する技術)をES細胞に用いてキメラマウスを作ります。特定の遺伝子の機能を欠失させたマウスはノックアウトマウス(KOマウス)と呼ばれます。
トランスジェニックマウスの例としては、緑色蛍光たんぱく質のGFPを全身に発現させたGFPマウスなどがあります。また一部の組織などに局在させることも可能です。GFPマウスはUV照射により蛍光を放つなど通常のマウスが持ちえない性質を持ったマウスを作りだすことができます。驚くべきことにGFPが全身に発現しても毒性などはほとんどないと考えられているようです。
岡部勝, et al. “発光オワンクラゲ由来の新規マーカー GFP とトランスジェニックマウスへの応用.” Journal of Reproduction and Development 43.6 (1997): j19-j25.
代表的な系統マウス
C57BL
C57BLマウスは最もよく利用される系統の一つです。歴史が深く、実験データが蓄積されている利点があります。近交系のC57BLは飼育しやすい特徴があります。ハイブリッドやトランスジェニックマウスの作成にもしばしば利用されます。/の後はサブストレインと言って供給元を表しています。C57BL/6Nはアメリカ国立衛生研究所により樹立されたことを表しています。これらのサブストレイン間でも遺伝的差異があるため注意が必要です。
腫瘍の発生率がほかの近交系よりも低く、しばしば特徴的な脱毛が観察されます。アルコールや鎮痛剤(モルヒネ等)への嗜好性があります。
参考文献
1) Kawamoto, Yasuo. “実験動物の遺伝制御―マウス・ ラットを中心として―.” 岡山実験動物研究会報 2 (1984): 13-15.
2) “マ ウス の近 交 系 な らび に遺 伝 子 の命 名 規 約実験動物系統ワーキンググループ.” Exp. Anim 40.2 (1991): 263-277.
3)野村達次. “動物実験と実験動物 I.” 化学と生物 7.1 (1969): 35-40.
4) 江崎孝三郎. “動物実験と実験動物 II.” 化学と生物 7.2 (1969): 108-114.
5)Bazykin, Georgii A., et al. “Positive selection at sites of multiple amino acid replacements since rat–mouse divergence.” Nature 429.6991 (2004): 558-562.
参考 はじめに - 動物実験の基礎(マウス) - Cute.Guides at 九州大学 Kyushu University取得できませんでした