ブチルリチウムは有機リチウム試薬の仲間で危険な試薬!
ブチルリチウムはブタンの水素がリチウムに置換した化合物で、有機リチウム試薬に分類される化合物です。これらの試薬は空気や湿気に敏感なため、取り扱うときはアルゴンや窒素などの不活性ガス雰囲気下で取り扱う必要があります。そのため通常は水分を含まない不活性な溶媒との溶液として販売されています。よく使用するn-ブチルリチウム(ノルマル-ブチルリチウム)は15~20%程度の濃度でヘキサン、シクロヘキサン、トルエン(販売中止?)の溶液が売られています。アルキル鎖が嵩高くなるほど不安定で反応性が高くなるため、t-ブチルリチウムを取り扱う際は注意が必要です。t-ブチルリチウムは空気に触れるだけで簡単に発火します。
ブチルリチウムの溶媒中での安定性
アルキルリチウムが炭化水素系の溶媒溶液として売られているのは、THFやジエチルエーテルとは反応して分解してしまうからです。THFではアセトアルデヒドのエノラートとエチレンに分解します。
ブチルリチウムを使用する時は基本的にはトルエンやベンゼン、ヘキサンなどの炭化水素系の溶媒を使用します。下によく使用する有機リチウム試薬のエーテル系溶媒中の半減期を載せておきます。
- n-BuLi (THF中 半減期2時間、室温)
- n-BuLi (Et2O中 半減期153時間、室温)
- MeLi(Et2O,半減期数ヶ月、室温)
- t-BuLi (THF中 激しく反応、0℃)
- t-BuLi (Et2O中 激しく反応、室温)
- PhLi (Et2O中、半減期12時間、還流)
t-BuLiは完全にアウトですね!ブチルリチウムを使用する時には避けた方が良い溶媒は、アルコール系(脱プロトン化)、DMSO、ジクロロメタン(-78℃など低温ならOK?)などがあります。
ブチルリチウムの溶媒中での構造・会合状態
無極性溶媒中ではアルキルリチウムは4-6量体に会合状態をとっていることがわかっています。メチルリチウムは4量体、ノルマルブチルリチウムは4or6量体、フェニルリチウムは2量体をとっています。このような会合状態では反応性が大きく低下するので、会合状態を解いて反応性を上げるためにHMPAやDMPU、16-crown-4、第三級アミンのN,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン(TMEDA)やDABCO(1,4-diazabicyclo[2.2.2]octane)を加えると単量体あるいは二量体になり反応性が格段に上がります。
ブチルリチウムの使用・保存方法
ブチルリチウムの使用方法
反応性の高いブチルリチウムは不活性雰囲気下で冷蔵保存されています。使用するときは常温に戻してから使用します。冷たい状態では結露により水分が問題になることがあるからです。
また、試薬の蓋は通常のスクリューキャップではなく金属でゴム板を挟んだようなキャップです。これは無理やり開けてはいけません。
用意するもの
- 白衣
- 保護メガネ
- 保護手袋
- ルアーロック式シリンジ
- ルアーロック針(長めの針)
- 風船
- 洗浄用のヘキサンが入った三角フラスコ
- 消化器(位置確認等)
安全のために白衣やゴーグルは着用します。t-ブチルリチウムは燃えやすく死亡事故が起きた例もあるので注意します。画像の左は風船用に加工したプラスチック注射筒と針です。中央と右の画像はルアーロック式シリンジと針です。ルアーロック式の針でないと詰まり気味のときなど、力強く押すと針が外れてぶちまける危険があります。安全のためにもルアーロック式を必ず使用しましょう。また、針が劣化するとロック部分と針部分が外れる危険があります。針部分を引っ張って抜けないか確認しましょう(結構よくある!)。針が詰まっている場合もあるのでスムーズに空気が出し入れできるかを確認しましょう。
シリンジは量り取る量の2倍の容積を持つものを使用しましょう。ギリギリだとピストンを引き抜いてしまうかもれないからです。
操作手順
- 使用する試薬を冷蔵庫からだして15分ほど放置して室温付近まで戻す。
- 試薬をクランプで止めて固定した後、不活性ガス(アルゴンor窒素)を含んだ風船を刺す
- 使用前によく乾燥させ、不活性ガスで置換させたルアーロック式シリンジを試薬のキャップに挿して、試薬を量り取る。
- シリンジ量り取った後シリンジを逆さにして、不活性ガスをシリンジ内に引き込んで針の中にある試薬を無くす。(針を引き抜いた時に試薬が垂れるのを防ぐため)
- 引き抜いて、反応フラスコのセプタムに挿して、滴下して加える(時間をかけすぎると針が詰まることがあるので滴下までの操作を手早くやる)
- 試薬を入れ終わったら、洗浄用のヘキサンで3回すすぎ、アセトンですすいだ後水で洗う。
ルアーロック式シリンジに針をつけたら、不活性ガスを吸って出すという作業を二回ほど繰り返して、針部分の空気を不活性ガスで置換させてから、リチウム試薬を量り取るようにします。
ニューヨーク大学の動画がわかりやすく役立ちます。初めての場合は一度確認シておきましょう。動画ではルアーロック式のシリンジを使っていませんが、安全のため、ルアーロック式を強くおすすめします。
使用後に針がつまり気味になってしまった場合は洗浄後に希塩酸を出し入れすると詰まりが解消されます。
ブチルリチウムの保存方法
保存方法の注意は、「なるべく早く使い切る」ことです。注射針で複数回刺しているとシール性がなくなり、試薬瓶外の水分などが入り込む可能性があります。ブチルリチウムに使われているキャップはすぐダメになるので、上にセプタムをつけて保存することが多いです。
画像では、白いテフロンテープで覆っていますが、その下にゴム板があります。そこに針を刺して試薬をはかりとれます。この部分にセプタムを逆さにしてキャップに取り付けて周りをパラフィルムで止めます。より詳しくは京都府立大学機能分子合成科学研究室のマニュアルが参考になります(ページ)。
禁水系の試薬(脱水溶媒や有機金属試薬(有機リチウム試薬やグリニャール試薬)などに使われているゴムキャップは複数回刺していると穴が広がって密閉できなくなることがあります。ひどい状態だと試薬瓶を逆さまにするとポタポタたれたり、滲んでくるものもあります。必要以上に太い針の使用を避けたり(有機金属試薬系は細すぎると詰まるので注意)、同じ箇所に針を刺しすぎないようにしましょう。なるべく一回で使い切るか、大量の場合は分注保存しましょう。
アルキルリチウムが使われる反応
アルキルリチウム、特にブチルリチウムは強塩基として、脱プロトン化、ハロゲン・リチウム交換、エノラート化などに利用します。脂肪族炭化水素の酸性度は置換基が多いほど減少するので(1°> 2°> 3°)、tert−ブチルリチウムが最反応性が高いです。フェニル環はフェニルアニオンの電荷を非局在化させ安定化させるので、フェニルリチウムの反応性は穏やかです。反応性は一般的にPhLi <MeLi <n-BuLi <s-BuLi <t-BuLiです。
メチルリチウム
メチルリチウムはメチルグリニャールと同じような用途で用いますが、金属のキレート能の違いによって立体選択性がでるため、立体選択的な反応をおこなう時に利用します。
ブチルリチウムのクエンチ、後処理の方法
ブチルリチウムを使った反応後は、安全のため、残ったブチルリチウムを安全な形に変換する必要があります(「潰す」とか「クエンチ」などと言います)。アルキルリチウムを使用したときは、冷却下で、飽和塩化アンモニウム水溶液を滴下して加えてクエンチする例が多いです。通常はこれで十分ですが、大過剰にブチルリチウムを加えていたり、スケールが大きい場合は危険な場合もあります。その時は、冷却下で2-プロパノールやエタノールを滴下加えて反応させた後に水を加える方法が安全です。
禁水性試薬のクエンチ方法
水と激しく反応するような化合物をクエンチする場合は、冷却下、2-プロパノールを滴下して加えて反応させた後に、水を加えるという方法がよく利用される安全な方法です。メタノールよりも2-プロパノールのほうが反応性が低くて安全です。
大量にあるブチルリチウムの廃棄はどうする?
昔買った大容量のブチルリチウムが冷蔵庫の奥に眠っていることはよくあることかもしれません。ノルマルブチルリチウムがごく少量であれば、飽和塩化アンモニウム水溶液でクエンチでも大丈夫ですが、500mLもあると危険かと思います。
ある程度の量?であれば、0℃以下に冷却したイソプロパノールにブチルリチウムを滴下して加えるという方法もありますが、いまいち反応が終わったかどうか分からなくて暴走することもあるかもしれません。そういう場合は大量の氷の上に少量ずつまくという強引な方法もあります。tert-ブチルリチウムなどでは発火すると思いますが、周りの安全に気をつけながらやれば…ですね。危険なことには変わりないので、できれば残したくないところです。
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の死亡事故
tert-ブチルリチウムの反応性は非常に高く場合によっては死亡事故が起こる危険があります。UCLAの研究員は、ルアーロック式のシリンジを使用せず、さらに目一杯の試薬を取ろうとしたことでピストンが注射筒から抜け出して発火、白衣を着用していないため、服に燃え移りさらに安全シャワーを使用できなかったことで致命的なやけどを追って死亡しました。普段はきちんとやっていても馴れたり油断するとついついやってしまう場合もあります。危険な実験の場合は特に気をつけましょう。
ブチルリチウム(アルキルリチウム)のMSDS情報
MSDS(Material Safety Data Sheet)、SDS(Safety Data Sheet)は化合物の性質や取扱に関する情報をまとめたデータシートです。沸点や融点、色などの物理化学的性質や廃棄処理法、毒性などの情報を見ることができます。法律改正によって2015年からMSDSの呼称は使用されなくなり、SDSになりましたが記載内容はほとんど同じです。初めて使用する化合物など、特にブチルリチウムなど危険な化合物は事前にSDS情報を見ておきましょう。SDS情報は試薬の販売ページにあることが多いです。
・t-ブチルリチウムのSDS(TCI)
・n-ブチルリチウムのSDS(TCI)