googleはご存知の通りインターネット関連のサービスを展開する世界屈指の大企業であり、驚異的な速さでイノベーションを生み出すことによって大きく成長してきました。
googleは「いかにしてイノベーションを生み出していくか?」ということに対して真摯にとりくんでいます。googleの面白いところはこれまでの人事や業績などを研究して見つけた「より生産性の高いチームを作り出す方法」等を社内秘とするのではなく、社会に公開して役立ててもらおうとしているところです。
今回はGoogle re:Workの情報からどうやって研究室運営に役立てていくのか?を考えていきます。
イノベーションとは?
イノベーションの定義を簡単に語るのは難しいです。イノベーションとは「新しい方法や観点、製品、技術をもって社会的、経済的に価値のあるものを生み出すプロセスであり結果」です。
発明「インベンション」に近いものがありますが同義ではないです。発明しただけでは社会に変化は生まれません。発明は世の人に広めることで社会的な変化を起こすことができます。世に広めることがビジネスに繋がります。
イノベーションに近い言葉として「創造性:クリエイティビティ」があります。創造性は新しいアイデアを生み出すのに重要なものであり、イノベーションを形作るのに必要なものです。
イノベーションがポンポン生まれるような会社は激しい競争下でも生き残る力のある会社であり、大きな収益を上げられます。
世界のトップ企業を眺めればその意味を感じられると思います。重要なのはイノベーションを生み出し続けることです。イノベーションを生み出し続けられなければ長期的な成長や存続が難しくなります。ですから、各企業はイノベーションをいかに生み出すか?に関心をもっているのです。
イノベーションが生まれる環境づくり
イノベーションが生まれる環境を作ることは企業において重要かつ困難な課題です。googleでは長年の経験をもとに行った研究結果からいくつかの法則を見つけ出しています。
イノベーションは強制的に起こす事はできません。発生するものなので起こりやすい環境をつくるしかないのです。
googleではイノベーションが生まれる5つの要因を挙げています。
- ビジョン共有 – 組織の方向性を誰もが認識できるようにする。
- 自主性 – 可能な限り従業員自身が仕事を定義できるようにする。
- 内発的動機付け – 学習意欲の高い、知識欲旺盛な人材を雇う。
- リスクテイク – 従業員が心理的安全性を感じられ、リスクを恐れずに新しいアイデアを試せるようにする。
- つながりとコラボレーション – 従業員が仲間を見つけやすく、協業しやすい環境をつくる。
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/foster-an-innovative-workplace/steps/introduction/ より引用
イノベーションが生まれる環境づくりが研究に重要なのか疑問を持つ方もいるかもしれません。
確かに基礎研究は実用性や社会実装を狙うのではなく、純粋な科学的な興味、好奇心から行われるものであるためイノベーションからは遠い場所に位置しています。例えばDNAの発見や二重螺旋構造の特定などは社会にどんな役に立つかははっきりとは分からなかったはずです。しかし、これらの発見は現実世界では何の影響も与えなくても、科学世界にはイノベーションを起こしています。複数の学説を覆したり、遺伝子の正体や複製の仕組みなど新たな学問を生み出す源になっています。
つまり、イノベーションが生まれやすい環境は新規性や創造性が求められる研究を行う環境としても適しているはずです。
それではgoogleのあげる5つの要因を分析して研究室運営に役立てる方法を考えていきます。
ビジョン共有
ビジョン共有とはチーム全体の方向性をチーム構成員と共有することです。googleはビジョン共有によって得られる恩恵として「組織が変化に柔軟になり、目標遂行に注力できること」を挙げています。
研究においてもビジョン共有は重要です。私たちはなぜ同じ研究室にいるのか?研究室全体は何をが目標か?等を明確にすると一体感が生まれます。
ビジョンは研究室全体からテーマ別、個人別にフォーカスしていきそれぞれの単位で明確にして、共有することが重要です。
ゴールを決めることで初めてそこに向かうための方法、代替案など詳細に考えられるようになります。自主性や責任感を持たせるためにもビジョン(目標、ゴール)の設定や共有は重要です。できる限りビジョン設定はみんなで決めましょう。ビジョンは皆が受け入れられるものであるべきです
ビジョンが無いとどうなるか?
もしも研究において目標やゴールが設定されていない、共有されていない場合に考えられる副作用について考えてみましょう。
進捗が分からない
研究の終着点が分からないと、細かく検討すべきか?次に進んだほうが良いのか見当がつきません。どこまでの結果で研究をまとめるのかがわかれば適切なディスカッション、アドバイスができます。目標の共有ができていないと勝手に勘違いして検討しなくてもよいところを深追いさせてしまったり、結構順調だと思っていたけどいざ学位審査の際にはまともな成果がなかったということも起こり得ます。
進捗が分かればチーム内のバックアップも得やすく、チームの一体感も出てきます。
優先順位が決められない
目標が設定されていないと何をしっかりやるべきか?という優先順位を決めるのが難しくなります。ゴールがあるからその地点に行くためのプロセスを明確に決めることができます。中間目標を複数設定すれば、方向転換もしやすいです。研究ではたくさんの可能性をつぶさないために、わざと目標やゴールをあいまいにしがちですが、これでは実験の区切りをつけにくく、方向転換も取りづらくなり、うまくいかない研究をやり続けることにつながったりするので注意しましょう。「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざを思い出しましょう。目標が無いというのは「ウサギは二よりも三、多ければ多いほどよいし、クマとかできるだけ大きなものが取れれば良いな」といっているようなものです。これでは一兎をも得ないでしょう。
目標やゴール設定の方法
研究室全体のテーマ(コアバリュー)があるはずです。研究室にはできることとできないことがあります。例えば生物活性物質の細胞実験はできても動物実験はできないかもしれません。
上司の責任を全うする
「研究は個人でやるものである」と言っていては良い研究成果を挙げるのは難しいでしょう。本当にそうであるならチームでやる意味がないからです。上の立場に立っている人間は実験をしたり、研究の主導権を握ることはなくとも別の形で研究に関わらなければなりません。それが「サポート」です。
きちんとビジョン共有できていれば各人の進捗などが分かっているはずです。質の高いサポートのためには
- 研究の内容や進捗を当人と同じレベルで理解している→足りない場合は1:1で長時間のミーティングが必要
- 自分の考えを素直にきちんと説明し理解してもらい、相手が素直に発言できる環境を作る(心理的安全性を高める)
- バイアスにとらわれない、データから客観的に評価する
- コミュニケーションのすれ違いをできるだけ避けるために質問をする
- 適当な期限を設けない
- 衝突を避けず乗り越えようとする
- 否定は避ける
研究内容は研究している本人が一番詳しいはずですが、それは研究の内容や進捗などを知らなくてもよいことの言い訳にはなりません。当人と同じレベルで理解するべきです。詳しい人が説明してもらうので本人よりも短い時間で効率的に情報が得られるはずです。1:1のミーティングを週に30分もやれていない場合はかなり問題があります。時間をとれないというのは言い訳にすぎません。
自主性と好奇心を育む
イノベーションを生み出すには自主的に行動してもらうことが重要です。自主行動は自らの意思、好奇心から生まれます。
googleでは上司に「やることに細かく介入せず、自由にやらせること」を奨励しています。
部下は大抵自分よりも仕事ができないので細かく指示をしたくなるかもしれません。しかし「信頼して任せ、失敗を許容する」ということが重要です。いきなりは難しい気もしれませんが、信頼関係を構築するためのコミュニケーションと見守る姿勢を忘れないようにしましょう。教育と称して指示や指導をしすぎると失敗を恐れて大胆な思考や行動を阻害し、自主性が失われてしまいいつまでも独立できなくなります。
自主性・好奇心を育むgoogleの取り組み
- 最大限に情報提供を行う
- 質問をたくさんする
- 業務以外のプロジェクトに取り組む機会を与える
- 学ぶ機会を与える
情報提供
豊富な情報は新しいアイデアを生み出すのに必須なものです。情報の探し方、情報ソースの提供、自分の経験や知識などを最大限に提供しましょう。
研究においても情報は最も重要なものであるにもかかわらず、どうやって最新論文を探すのか?読み方、情報の集め方、役立つ情報ソースなどを教しえないことが多いのではないでしょうか?そういった情報を研究室内で共有できているのか?研究を進める上で重要です。
質問をたくさんする
質問はする側される側どちらにもメリットがあります。
- 質問されることにより考える(意見を持つ)
- 質問をすることにより好奇心が刺激される
- 意見を共有できる
- 信頼関係の構築に役立つ
googleでは会議の半分を質疑応答にしているほど質問を大事にしています。
イノベーションを生み出す環境ができていれば皆が自分の意見を持つようになります。なぜ?どうやって?というような疑問が自然に出てきます。
質問は互いの好奇心を刺激します。研究においても質問は重要です。周りの人がどのようなことに疑問を感じるのか?どのような意見を持つのか?ということを知るだけでも価値があります。
好奇心は皆が元から持っているもので、刺激されることによってあらわになっていくものです。質問を活発にするためにはどんな意見を言っても否定されず尊重される雰囲気が不可欠です。上司は発言しすぎず、質疑応答の場においても見守る姿勢が必要です。
自由時間の提供
仕事に縛られすぎると自由な発想を阻害します。googleでは20%ルールといって就業時間の20%を業務外の時間に充てることができます。
研究においても、研究の過程で脇道に逸れる発想や発見が生まれることがあります。いわゆる闇実験を公式に奨励することで重要で面白い発見が生まれる可能性があります。闇実験こそ真に自主的で好奇心に満ち溢れたものであり、むしろ勧めるべきものです。
勉強の機会を与える
学ぶ意欲のある人が効率的に学べる環境を用意する事はとても重要です。研究においても同じです。自主的な勉強会を開催している研究室もあると思います。重要なのは強制しないことです。あくまで自主性を重視します。勉強させたい場合は自らが勉強したいというように自主性や好奇心などを育むしかありません。
研究に役立つ情報など、学習が難しい内容を簡単に教えますというように、参加したい!と思えるような内容を用意するのも良いでしょう。
各々の研究やテーマに関連する知識をまとめたりしてそれを周りに教えるというような取り組みも学ぶ文化づくりに役立ちます。
内発的動機付け
報酬や罰、義務、承認などを動機付けとすることを外発的動機付けと言います。対して自身の好奇心や興味など、自分がやりたいからやるというような動機付けを内発的動機付けといいます。
内発的動機付けは持続的で環境による影響を受け難く、自主的な姿勢になりやすいです。内発的な動機付けによる方がやりたくてやってるので期待以上の成果が生まれやすく創造的となります。外発的動機付けでは報酬に対する対価以上の仕事をやるモチベーションがないです。
内発的動機付けを持つ人を集めるには、明確なビジョン掲げる必要があります。ここでは何ができて、あなたはどんなことがやりたいのか?どういう人に来て欲しいのか?どんな人が必要なのか?というようなマッチングが重要です。
内発的動機付けを誘発するには、当人に決定権を与えて決定感や参加感を感じさせることが重要です。研究テーマを与えるのではなく、一緒に考えるなど、なるべく依頼や命令などを減らします。
リスクテイク
イノベーションを阻害する要因の一つに失敗や否定、軽蔑があります。自主性は自ら責任を持とうとするものですが、これらは責任を負いたくないと感じさせるものです。
自由な発想や挑戦を奪わないよう努めるべきです。多くの場合、恐れは現実的な責任追及ではなく、心理的な責任追及だと思われます。つまり、他者からの失望、信頼の失墜、軽蔑などの感情を恐れているものです。
これらを防ぐためには「失敗は当たり前であり、失敗から学ぶことが重要である」というような共通認識をもつことが大切です。
失敗を許容される環境でないと失敗の隠匿や偽装などが横行してしまいます。
人と人をつなぐ
多様性のあるチームは複雑な問題を解決する能力が高いです。ゲームでチームを組む時も同じ属性や職業のもので固めるよりも、様々な属性や剣士、魔法使いなどで構成する方が幅広い敵を撃破するのに役立ちます。
googleにおいても様々な人同士をつなげる取り組みを行っています。研究においても様々な視点を得るためには背景の異なる研究者との交流が役立ちます。