EPR効果をご存知でしょうか?EPR効果はがん細胞周辺では通常到達できないような大きな分子も到達しうる現象のことです。このEPR効果を使って、がん細胞に薬剤成分を届けるDDS(ドラッグデリバリーシステム)に応用しようという研究が行われています。このEPR効果について解説していきます。
EPR効果とは?
EPR効果(enhanced permeability and retention)は、がん細胞周辺の組織で見られる現象で、がん細胞周辺の血管は不完全で、正常な血管では通過できないような大きな分子(数百nm)でも血管を貫通して組織に浸透(Penetrate)します。さらに浸透した分子はがん細胞周辺では免疫機構が不完全であるため、異物除去が正常に行われないために分子が保持(retention)されます。このEPR効果によって、通常は組織中に浸透しないような大きさの分子(高分子薬剤)をがん組織に到達させることができます。この効果は正常細胞では起こらないので、ガン組織にだけ大きい分子の薬剤を届けることができる→ガンに細胞周辺に医薬品を選択的にデリバリーするDDS(ドラッグデリバリーシステム)として機能すると考えられています。
正常組織では低分子薬剤などしか血管内壁を貫通できませんが、がん組織周辺では血管内皮細胞の隙間が大きくなっているため、大きな高分子薬剤はその間を通過できます。このようにがん組織周辺の血管は高分子薬剤を通過できるため、がん組織周辺のがん細胞へ高分子薬剤を運ぶことができます。
EPR効果の変遷
EPR効果は1986年に日本人の松村、前田らによって初めて報告されました。それまでにがん細胞組織周辺で高分子が浸透しやすいという現象は確認されていましたが、それががん細胞に対する選択的なドラッグデリバリーに利用するという視点での研究は彼らの研究が始まりとされてます。
分子サイズについて
EPR効果は分子量6万程度の血清タンパク質(アルブミン等)でも観察されています。さらに大きな分子サイズのリポソームなどでもEPR効果が見られることが報告されています。分子のサイズが大きすぎると異物として認識されてマクロファージなどの免疫細胞によって除去されることがあるので、粒子の大きさは約400 nm以下に抑えます。また、腎臓などからの排泄が数ナノメートルでは起きてしまうため、10ナノメートル以上に大きくする必要があります。ちなみにアルブミンは直径が7ナノメートルくらいと言われています。血管を浸透できる分子サイズはガンの種類によって変化するのでがんの種類によって粒子径を調整する必要があります。膵臓がんはEPR効果が現れにくいガンであるため、粒子径は小さいものを用います。したがってEPR効果を利用した高分子薬剤のサイズは数十ナノメートル~200ナノメートルくらいになっています。
EPR効果を利用した抗がん剤の開発
EPR効果ではがん組織選択的に高分子薬剤を運ぶことができます。しかし、がん細胞に対して薬剤を直接届けるわけではないので、より高い薬剤効果を得るためには、がん組織中のがん細胞に届ける仕掛けが必要です。
薬物放出を制御する方法
がん細胞と正常細胞の間にある差を利用して薬物を放出するという方法があります。
- ガン間質のみに存在するMMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)を利用
- 酸性環境を利用する
ガンには正常細胞が持たない活性型のMMP(酵素)が存在しています。この酵素の作用を受けて薬物を放出する仕組みを利用する方法があります。
また、がん細胞周辺は低酸素状態になっており、この影響によって乳酸などの酸性物質(嫌気的解糖による)が蓄積されることによってpH低下が起こります。このていpHをトリガーとして薬物を放出する方法が考案されています。例えば、アセタール、オキシム、ヒドラゾン、オルトエステルなどは酸性条件でそれぞれ解離する結合です。これらを高分子と低分子薬剤との間のリンカーとして導入する方法があります。
参考文献
2) ガンターゲティングのためのナノメディスン Dojin News